「神戸の映画」大探索

ホームムービーに記録された神戸
神戸映画資料館所蔵フィルムより

舞子の浜

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昭和の初め1930年代初頭に撮影された舞子の浜。白砂青松の浜が続いていた阪神間の海岸を想起する風景で、沖合には帆掛け船が往き交い石積みの突堤では人々が魚釣りを楽しんでいる。浜辺では男児と女児が父母と戯れ、日本髪姿のお手伝いさんが見守っている。幸せそうな一家の心温まる記録である。撮影者不詳。

 

六甲登山

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場所は定かではないが阪急沿線の川岸に集合し、六甲登山をした様子を記録したフィルム。池の畔では楽しげに昼食宴会。フィルムの製造年(1934年)と川岸の標識から推測すると1936(昭和11)年10月29日の神戸沖で行われた特別大演習観艦式(艦艇100隻、飛行機100機)を見るための登山かもしれない。「舞子の浜」と同じロールに繋がれているので同じ撮影者と思われるが詳細不明。

 

須磨別荘、明石沖帆船

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須磨の別荘地開発は住友家第15代当主・住友友純が1893(明治26)年、海辺の約1300坪の土地に別荘を建てたのが草分けとなり、風光明媚で温暖な土地を愛した華族や財界人により次々に別荘が建てられ始めた。住友別邸の他にも大谷光瑞の月見山別邸、九鬼隆輝(旧三田藩主)、藤田伝三郎(実業家)、辰馬悦蔵(酒造業)、松方幸次郎(神戸新聞社)、滝井弁三(マッチ業)など多数の別荘があった。このフィルムの別荘は特定できないが、富裕層の暮らしぶりが描かれた記録となっている。彼方に淡路島を望む海浜からは沖合を通る帆掛け船が見える。撮影者不詳。

 

神戸中山手天主堂

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中山手カトリック教会は、明治3年に居留地に誕生した神戸最古の教会が1923(大正12)年に中山手に移転したもので、神戸最大の聖堂を誇っていた。聖堂は1945(昭和20)年に空襲で全焼、その後、再建されたが阪神淡路大地震で半壊となり取り壊された。現在その地はカトリック神戸中央教会となっている。1929年撮影とフィルム缶に書かれているので、その情報が正しければ聖堂新築後6年目の様子で、西洋文化あふれる教会だったことが分かる。テニスでトロフィーを手にする風景も写っている。撮影者不詳。

 

楠公六百年祭と旧坂倉商店業務状況

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1935(昭和10)年5月は大楠公が湊川合戦で戦死してから600年、5月24日から26日の3日間、湊川神社では楠公祭が盛大に行なわれた。武者行列は南北朝当時の衣裳や武具などが出来るだけ往時そのままに新調整備され、総勢三千余名の大行列、沿道の人出五十万人と云われている。満州国建国から3年目、天皇崇拝が次第に強まる中、楠公さんを代表する神社への崇敬の姿を読み取ることができる。その後に1924年磯辺通に創業の坂倉商店(現在は大阪のサカクラ株式会社)の業務状況が写し出されている。撮影者は不詳だがフィルムの箱には現像発注者として坂倉と記載されている。

 

六甲山生活

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1931年製のフィルムで撮影されKAZUO YUKAWA名で現像された六甲山生活の様子。写されている「六甲登山ロープウェイ」は阪急系列の六甲登山架空索道株式会社によって1931(昭和6)年に建設され、戦時体制による鉄材供出のため1944(昭和19)年に廃止された幻のロープウェイ。翌1932(昭和7)年に阪神電気鉄道系列の六甲越有馬鉄道によって六甲ケーブル線が建設され、阪急と阪神が六甲山で競っていた時代の貴重な記録である。子供が上る四角錐のシンボルは山頂のようにも見えるが確認できなかった。撮影者不詳。

 

神戸スケート会発会式 スケート大会

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冒頭のタイトルに「神戸スケート会発会式 スケート大会 於神戸アイススケート場 9.4.8.」と出る。新開地の聚楽館4階に神戸アイススケート場が開業したのは資料によると1934(昭和9)年12月20日なので、撮影日の4月8日は開業以前ということになる。新開地本通の松本座、菊水館、朝日館の向かい側奥にあったアイススケート場(故・三船清氏作成の「神戸・湊川新開地とその周辺復元図」参照)かもしれないが、1933年から改築に入った聚楽館での開業前の催しの可能性もある。撮影者不詳。

 

神戸みなとの祭

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第1回みなとの祭が開催されたのは昭和8年。アメリカ・ポートランドのローズフェスティバルにヒントを得て市民創造型の新しいタイプの祭りとして始まった。みなとの女王の戴冠式、国際大行進、市電の軌道上を運行した花電車、懐古行列、市内の電飾などが行われ市民に親しまれた。当時の神戸市役所(現在の中央区橘通1丁目弁護士会館のある場所)の前が写るなど珍しい風景を捉えている。イルミネーションにあるO.S.K.は大阪商船(O.S.K.LINE/現在の商船三井)の広告である。撮影者不詳。

 

神戸港 若御主人様御帰郷

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インドから神戸へランプラ号で帰国した若主人を出迎える情景を記録したもの。1936(昭和11)年2月、マッチ産業で成功した播磨隆三郎が撮影。最近、神戸映画資料館に遺族から寄贈された多数のフィルムの中の一本。寄贈フィルムの多くはマッチ工場のあったインドや、エジプト、ヨーロッパ、アメリカなど海外旅行の記録だが、須磨の滝川弁三邸庭園での宴会の様子も含まれている。

 

事業主体:神戸ドキュメンタリー映画祭実行委員会
助成:神戸市「まちの再生・活性化に寄与する文化芸術創造支援助成」

※内容は予告無く変更する場合があります。

※作品によっては、経年退化で色褪せしている場合がございます。予めご理解ご了承の上、ご鑑賞くださいますようお願い申し上げます。