映画ものしり帖

A 映画館へ行こう!こどもたちに劇場での映画体験を!


 
 
 
 
 
 
 
『蜂の巣の子供たち』
(1948年/86分/劇映画)
 
 映画『蜂の巣の子供たち』は、今から65年前の1948年(昭和23年)に作られました。戦争が終わってわずか3年しかたっていない当時の日本には、戦争で家族をすべて亡くしたり、家族と生き別れてひとりぼっちになってしまった戦争孤児の子供たちが12万人もいました。映画のなかでは、たくましく生きる8人の孤児たちが、戦争から帰ってきた若い兵隊さんと共に、下関から大阪にある児童自立支援施設を目指して旅をします。
 
 この映画を監督した清水宏は、当時10歳前後の戦争孤児たちを引き取って育てていて、孤児たちが実際に体験した話にもとづいて、この映画の物語を作りました。そして清水監督は、戦争孤児たちの苦労にみちた生活やたくましさを私たちに伝えるために、当時育てていた子供たちを映画に出演させたのです(大人の出演者たちもみな素人です)。なお、この映画の題名は、清水監督の家の中で子供たちが走り回っている様子が、あたかも蜂の巣を見ているようだったことからつけられたそうです。
 
 プロの俳優ではなく、本当の孤児たちを映画に出演させたことには、もうひとつの意味がありました。映画がはじまると、「この映画の子供たちにお心当たりはありませんか」という文字が画面にあらわれます。これは、この映画が日本全国で上映されることによって、生き別れてしまった家族を見つけられるかもしれないという考えでつけられたものです。実際にこの映画が全国で上映されると、ひとりの子供の母親が名乗り出てきました。

 
 戦争によってひとりぼっちになってしまう子供たちは、今も世界中にたくさんいますし、災害や事故などによって孤児になってしまう子供たちも日本にいます。映画を見ることで、いろんな時代の、いろんな立場の人たちの気持ちや考えに寄り添うことができます。そして『蜂の巣の子供たち』は、みなさん自身のことや、みなさんの家族について考えるきっかけを作ってくれる映画になるはずです。
 
文:板倉史明(神戸大学准教授)
 

B サイレント映画ってすごい!

 

 
文:いいをじゅんこ(クラシック喜劇研究家)
上映作品
『国士無双』 (1932年/24分/日本時代劇)
『茶目子の一日』 (1931年/5分/日本古典アニメーション)
『キートンの警官騒動』 (1922年/24分/西洋コメディ)
 

C 映画のひみつ

 
 わたしたちは、映画館やテレビで、あるいはパソコンで映画をみることができます。でも、こうして映画(動く写真)がかんたんにみられるようになるまでには、長い歴史がありました。いったい映画はどのようにして生まれてきたのでしょうか。
 
◯「動く絵」から「動く写真」へ
 映画(動く写真)ができる前から、「動く絵」をみるための機械はたくさん作られてきました。たとえば、フェナキスティスコープという機械は、動く絵をみるためのおもちゃでした。円ばんの形をした紙の周りに、パラパラ漫画のように、少しずつ動きのずれた絵を書き、その紙を鏡に向けて回します。回しながら、鏡に映った絵を紙に空いた細い穴からのぞきます。すると、動く絵をくりかえしみることができたのでした。これよりも長いあいだ動く絵をみるための機械が、テアトル・オプティークでした。これは絵のかかれた細い帯を使います。しかも、動く絵をかべなどに映し出すこともできました。

 このように絵を動かすしくみが少しずつ進歩してきたのですが、映画には「動く絵」ではなく、「動く写真」が必要です。動く人やものをたくさんの連続した写真にさつえいする機械、これはマイブリッジやマレイという人たちが考えだしました。動きをばらばらに分解したら、今度はそれを動いて見えるように写真を動かす。映画はこのようにして生まれてくるのです。

 
◯エジソンのキネトスコープ
 映画をみる機械にはいろいろなものがありました。アメリカでは発明王エジソンがキネトスコープを作ります。それは、のぞき穴のついた大きな箱の形をした機械で、中に入ったフィルムが動き、人やものが動く映像をのぞくことができました。もちろん、のぞく穴はひとつなので、一度にひとりしかみることはできませんでした。キネトスコープは、入場料を支払って入る、キネトスコープがたくさん集められたキネトスコープ・パーラーなどでみることができました。また、コインを入れると動くように作られたキネトスコープが、デパートやホテルのロビーなどに置かれていました。
 
◯リュミエール兄弟のシネマトグラフ
 フランスでは、リュミエール兄弟がシネマトグラフという機械を作り、1895年に初公開されます。キネトスコープよりもなめらかできれいな映像をスクリーンに映して、一度にたくさんの人がみるための機械です。どの映画もとても短く、音もついてなかったのですが、公開されるとたちまち人気をあつめることになります。
 こうした生まれた映画は、いろいろな改良がされ、たくさんの作品を生み出し、今もわたしたちをひきつけてやみません。
 

文:大崎智史(神戸大学大学院生)

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