今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW

Print「旧グッゲンハイム邸物語
未来に生きる建築と、小さな町の豊かな暮らし」

著者:森本アリ
出版社:ぴあ
発行年月:2017年3月

 

 

 
 「じぶんでつくろう」
 ある洋館の再生を巡るこの書物を読み終えて心に残っているのは、まるで子ども向け教育番組のタイトルのようにシンプルなそんな言葉だったりする。神戸の西の海沿いに位置する小さな町塩屋。その丘の上にたたずむ旧グッゲンハイム邸の管理人である森本アリさんが書き記すのは、2007年に家族でこの洋館を買い取るという一大決心をしてから現在に至るまでの奮闘記である。その修復・復興までの道のりの紆余曲折が、アリさん自身の生い立ちや塩屋という町の歴史、現在のまちづくりの様子などを交えながら語られていく。そんな多彩なエピソードを読み進めながら何度も想起されたのが、ある章のタイトルとして添えられた「じぶんでつくろう」という言葉だったのである。もちろんそれは、実際に手を動かす実務的な作業のことだけを指すのではない。

 たとえば、まさに「じぶんでつくろう」と名付けられたその章で主に語られているのは、アリさんたちが旧グッゲンハイム邸の裏手にある長屋をシェアハウス化することを目指して修復していく様子である。しかし、そのDIY的な修理の過程よりも印象に残るのはむしろ、長屋の住人たちが共同生活を送っていく上で自主的な決まりごとを作り上げていく様子なのである。そんな時管理人のアリさんは、必要以上にそこに介入しようとはせずに外から成り行きを見守るのだという。あらかじめ住民規約が設けられているわけではないらしいこの長屋では、お互いに協力し合う気持ちを持った人たちが、日々の暮らしを豊かにするための環境を自らの意志で整えていくことが尊重されているのだ。「ワンルームマンションの集合体ではなく、シェアするという概念を共有し実感したかった」とアリさんは書いているのだが、まさにこの「シェアする」という考え方が、旧グッゲンハイム邸の本館を再活用していく上でも活かされていくことになる。

 「観覧するための建築物としてではなく、どんどん使って、使い倒してほしいと思っていた。」
このような発言からも明らかなように、同じ洋館であるとはいえ、アリさんは旧グッゲンハイム邸を北野異人館のように観光地化する気はさらさらなかったようだ。アリさんが選択したのは、建物の構造をそのまま活かした多目的スペースとしてこれを貸し出していく道である。その際、音楽イベントや結婚式の会場として使用するという見通しを立てながらも、その使い方をあらかじめ決めつけてしまうようなことはしなかったそうだ。その代わりに、建物をオープンな状態にして、地域の住民をはじめとする誰もが使い方のアイデアを出せるような雰囲気を作り上げていくよう心掛けたそうである。その結果現在では、ヨガやピラティスなどの身体の教室、声楽やピアノなどの文化教室、さらには雑誌や映画
のロケ撮影などで毎日ほぼフル稼働の状態が続いているらしい。

重要なのは、これらの多種多様な企画がほぼ持ち込みのものであるという事実である。ときおり、レコーディングするために使わせてほしいなどの、アリさん自身も驚いてしまうような提案を受けることもあるらしい。長屋の住人たちが自分たちで決まりごとを作り上げていったように、利用者自身が自主的にアイデアと工夫を凝らすことで、旧グッゲンハイム邸という場所も常に更新され続けているのである。そんな旧グッゲンハイム邸の在り方は、管理人であるアリさん一人の手をはなれ、その場に集う人々によってまさにシェアされているのだと言えるのではないだろうか。もちろん、旧グッゲンハイム邸のポテンシャルを見抜き、人々が気楽にその場に集うことができるような環境を整えたアリさんの働きがあったからこそ、そんな状況が実現したことを忘れてはならないだろう。

 このように、アリさんの「つくる」は単純に新しいものを「作る」ということではない。それは、ある場所やそこに出入りする人々の間に新たな「関係性」を築き上げることなのである。このことは、塩屋のまちづくりについて語った本書の後半でより明らかになってくる。町の活性化を図るためには、駅前のロータリーや高層マンションの建設、道路の拡張工事などが絶対に必要だと主張する町の人々に対してアリさんが提示するのは、「何も変えない」という選択肢だ。「まちづくりとよく言われますが、「つくる」のではなく、歴史、文化、環境を広く見据えて観察すると、新しいものなど何一つ作らなくても、組合せによって物事は面白くて新しいものになる」と語るアリさんは、町の風景を安易に作り変えてしまうのではなく、歴史とともに蓄積されてきたその町の魅力をもう一度見つめ直すことから新たな可能性を見出そうとするのである。もちろん、ここで言う「町の魅力」には、その町で生活を営み続ける人々も含まれることは言うまでもない。

 あり合わせのものを組み合わせて、試行錯誤しながら作り上げること。フランス語で日曜大工的な工夫を意味する言葉を使って、クロード・レヴィ=ストロースはそんな思考法を「ブリコラージュ」と呼んだらしい。論理的に作成された図面に頼らないこの思考において大切なのは、観察の力と創意工夫なのだそうだ。思うに、アリさんが旧グッゲンハイム邸の運営や塩屋のまちづくりを通して実践してきたこととは、急速に画一化されていく社会に対するささやかな抵抗である。かけがえのないものが、あまりに簡単に取り壊されて刷新されてしまう。そんな恐怖に対してアリさんが行ってきたことの根底に流れているのは、この「ブリコラージュ」のような思考なのではないだろうか。

 これとこれを組み合わせてみたら、きっと面白いはず。本書を読めば、そんなシンプルな思考が、私たちの生活様式の根本的な在り方を考え直す大きなヒントになり得ることに誰もが気付くだろう。「じぶんでつくろう」とは、そのきっかけとなる言葉だ。そしてアリさんは、旧グッゲンハイム邸を媒介として、そんなひらめきを人々に促し続けているのである。

(坂庄基/神戸映画資料館スタッフ)


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