今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW
2009 6

「幻のB級! 大都映画がゆく」

著者:本庄 慧一郎
出版社:集英社
発行年月:2009年1月
大都映画という固有名詞を御存知だろうか。それは十五年戦争下の東京で現代劇と時代劇とを問わず娯楽作品を量産した映画会社の名前である。それは敬愛する私の祖父(1921年‐2007年)が折々に懐旧の情を覚えていた能記である。同時にそれは日本映画史の正典では決まって傍流に置かれる不可触民たちの根城の代名詞でもある。
本書はその大都映画の軌跡を脚本家=時代小説家の本庄慧一郎氏が辿った史書である。それは行間に《血》の通う史書である。この場合の《血》とはひとまず文字通りの意味である。なぜなら著者の誇る叔父たち―小沢不二夫、山口誠之輔、大伴龍三、小沢效―はそれぞれ脚本家、撮影助手、演出家、演出助手として大都映画の撮影所に拠った映画人たちだからである(11頁、211頁、213頁)。
私事ながら評者は現在、日本映画史に関する体系的な調査に参加させていただいている。私の仕事は戦前に活動した映画監督の略歴と彼/彼女の主要作品の粗筋を整理することである。ただし御承知のように戦前の日本映画は大部分が消滅している。それゆえ調査のほとんどは当時の映画雑誌などの文字資料を参考にして進められる。
奇縁を感じることがある。私は先頃、著者・本庄氏の叔父の一人である大伴龍三監督についての文献を渉猟したばかりである。また本書を彩る現代活劇俳優で演出も手掛けた隼秀人氏の名前も記憶に新しい。やはり大都映画に拠った吉村操監督についても同様である。
これらの監督の作品もほとんどが消滅している。それゆえ調査は文字資料に依存せざるを得ない。もちろん映画雑誌に書かれた粗筋の字面からも大都映画の想像力と創造力は十分に体感できる。ときには映画の題名自体が私に強烈な刺激をもたらす場合もある。大伴龍三監督『山嶽魔女』(36年/脚本は小沢不二夫氏)、八代毅(=隼秀人)監督の連作『魔人幽霊塔』(37年)、そして吉村操監督の連作『怪電波殺人光線』(36年/脚本は小沢不二夫氏)などは魅惑的な歌舞伎の外題を思わせる。しかしこれらの漢字の連鎖が想起させる程度を弁えた官能性でさえ私と作品自体との無限の距離を媒介することはない。映画批評家・蓮實重彦の『ハリウッド映画史講義―翳りの歴史のために』(筑摩書房、1993年)に以下の一節がある。「そもそもわれわれは、信仰の対象とするほど多くの『B級映画』を見てはいないのだ。いったい誰が、マックス・ノセックを懐古しうるだろう。郷愁をこめてエドガー・G・ウルマーを論じうるものがいるだろうか。ロバートの弟カート・ジオドマークの書いたシナリオの一つでも、心を震わせて想起しうるものがどこにいるのか」(97頁)。現在の私にとって文中の「B級映画」とは大都映画のことである。マックス・ノセックは大伴龍三の、エドガー・ウルマーは隼秀人の、カート・ジオドマークは吉村操の、それぞれ変名である。
しかし本書に通う文字通りの《血》は大都映画と私との隔たりを仲介する。例えば先日までの私にとって大伴龍三監督―氏は著者と直接《血》の繋がらない母の妹の「連れ合い」であるが(11頁)―は無数にある演出作品についての文字情報の集積でしかない。しかし本書における氏は「おおとものおじちゃん」となる。そして「正月のお年玉はもちろん、ふだんでも気前のいい叔父で、役者になったほうがいいような男らしい二枚目」であることも明かされる(198頁)。この変貌は電撃的である。「おおとものおじちゃん」の映画として『鉄仮面』(34年)や『山嶽魔女』や『妖魔地獄』(38年)といった題名にもう一度向き合う。すると著者と「おおとものおじちゃん」とを結ぶ《血》が豊かに脈を打って溢れ出して私までが押し流される。私は著者から「おおとものおじちゃん」に通じる搦め手を辿ってようやく大都映画それ自体と巡り会うことができる。
本書に通う《血》とは比喩でもある。それは著者が折々に見せる穏やかさの比喩である。著者の度量のために本書は不愉快ではない。
皮肉なことがある。それは著名な映画史家・佐藤忠男氏についてである。御承知のように佐藤氏は労働者の目線を武器に名を成した映画史家である。その佐藤氏が超大作『日本映画史』第1巻(岩波書店、1995年)では大衆娯楽の殿堂たる大都映画に涙金ほどの紙幅(「1頁と2行」)しか割り当てない。しかし著者は佐藤氏の「解説文にクビをひねった」などの言回しで同書の不備を穏やかに批判するのみである(119頁‐25頁)。大都映画は「貧しい一般の庶民からは絶大な支持を得て活況を呈していた」(9頁)。この厳然たる事実に勝る栄誉は存在しない。これは著者のそうした自信の裏返しだろうか。いずれにせよ本書には『日本映画史』よりも雅量が感じられる。
考えてみれば娯楽映画には雅量が必要である。『忠臣蔵』を例に挙げよう。大都映画は『忠臣蔵』を「全社一丸となって」製作したことがある(65頁)。もちろん私はそれを見ていない。しかしそれが『忠臣蔵』であれば大石内蔵助が吉良上野介を拷問にかけたり嬲り殺しにしたりする事態は起きてはならない。これは絶対の約束事である。仇討であれ正義の鉄槌であれ陰惨な仕打ちは娯楽映画と調和しない。娯楽映画では《血》は通うべきであって流すべきではない。
同様に著者も佐藤氏を筆の拷問にはかけない。それは大都映画の作法に通じるはずである。勧善懲悪の物語では善玉の悪玉に対する暴力に《血》が通わねばならない。善玉が悪玉と見紛うような陰惨な暴力を振るうことは許されない。ならば娯楽映画を擁護するための筆の暴力にも節度がなければならない。著者の思案が垣間見える。
本書には《血》が通う。それは人間と人間や人間と映画とを繋ぐ《血》である。同時にそれは本書に節度をもたらす穏やかな《血》でもある。このふたつの《血》の案配に本書の最大の興味がある。それは大都映画の《血》を継ぐ著者・本庄氏ならではの案配である。
(羽鳥隆英)


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