今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW
2012 1

「映画のなかの社会/社会のなかの映画」

編著:杉野健太郎 監修:加藤幹郎
出版社:ミネルヴァ書房
発行年月:2011年12月

「映画」と「社会」、(あるいは「社会」と「映画」と)の関わり合いについて論じるとは一体いかなる営みであるのだろうか。多くのメディアやマスコミ等が、かの有名な映画理論家ジークフリート・クラカウアーが記した「映画は現存する社会の鏡である」(註1)という論述をナイーブな反映論として受け止め、映画は現実社会の反映であると見なし、映画と社会の間に共通する主題といった上辺だけを掬い出すことで、「映画」と「社会」における関係の考察を完結させてしまうように、一見、この営為は容易そうに見えるかもしれない。しかし、それを真に意義のあるものにしようとすると、その中に柔軟かつ仔細な手続きが必要となるだろう。今回紹介する『映画のなかの社会/社会のなかの映画』の監修者である加藤幹郎氏は過去に、安易な反映論は映画解釈において慎むものであるが、しかるべき映画史上の発見の見通しのある「社会文化史的アプローチ」の再構築は必要であると論じていた。(註2)「映画」と「社会」の関係を、書名のように「映画のなかの社会」と「社会のなかの映画」という二種に分類し、その両点から映画と社会の関係の中で生じるせめぎ合いを抽出し、仔細に分析することで、ナイーブな反映論では疎かにされる映画と社会の関係を明確・具体的な根拠付けをしてゆく本書は、氏の見通しが結実した成果とも言えるであろう。そのような主に二つの観点から記されてゆく本書は、まず、「社会のなかの映画」という視点からは、マスメディアのひとつとして映画が、いかにその社会的影響力を活かし(プロパガンダ映画として)イデオロギーや政治的主張を張り巡らしてゆくのかという点や、そういった映画の社会的影響力を恐れることから生じる映画の製作・上映環境に対する規制、また映画作品内における性的・暴力的・政治的表現に対する表現の検閲についてが論じられる。「映画のなかの社会」という視点からは、主に映画テクストと映画テクスト外の関係についてが論じられる。映画は、そのメディア的特質から直接的に現実を切り取り人々に提示してゆくメディアであるので、一見、中立的・非偏向的と言えるかもしれない。しかし、映画とて画面が持つ制限的なフレームが世界を恣意的に切り取り、編集によって時間軸も人為的に操作されてしまうので、どのような映画にせよ、社会の一部分しか写すことは出来ず、「映画が世界(社会)と切り結ぶ関係は代喩的」なものとなってしまう。以上のような観点を前提とした上での、映画が社会に向けるまなざし、つまり映画はいかに社会的事象を表象しうるのかが分析されてゆく。そのように本書では、全十章にわたって、昭和初期に大流行を見せた、近代日本の起源である明治維新を描いた『坂本龍馬』や『尊皇攘夷』といった幕末映画から、近年、再統一後のドイツにおける東ドイツの表象を題材とした『グッバイ、レーニン!』や『善き人のソナタ』にいたるまで多岐にわたるジャンルの作品二十本が言及されている。それらすべてを取り扱うことは本報告では出来ないので、先述した「映画のなかの社会」「社会のなかの映画」をテーマとした諸論文の中から、一つづつ私の関心に近い論文を紹介してゆこうと思う。

ではまず、「社会のなかの映画」を扱った論文から羽鳥隆英氏『第二章 恨みは長し60年--昭和初年の幕末映画をめぐるメロドラマ的想像力』に着目しようと思う。本稿では、昭和初年に、明治維新60周年として大流行をみせた幕末=明治維新を描いた映画(幕末映画と呼称される)が俎上にあげられ、国民国家日本の起点を描いた「幕末映画」流行の中で、衰退の端を見せ始めていた「近代日本をめぐる想像力」を再活性化させるために、いかに作品の中で「近代日本という国民国家の歴史的な再検討」をしてゆき、映画が社会と切り結んでいったのかが問われていく。そこで指針とされるのが、前近代的な諸権威が揺らぎ、人々の価値観が混沌と化す中で、近代社会を生き抜くための新たな規範、道徳を与えてくれるプロパガンダ装置としてのメロドラマであり、幕末映画がメロドラマとしていかに日本社会が要求した近代的社会の意味付けに応えていったのかが、映画学の蓄積してきた先行研究をもとに分析される。
重要な点のピックアップのみになってしまうが、まず本稿においては、主に倒幕派と左幕派、開国派と攘夷派の対立が扱われる幕末映画において、通常のメロドラマのように明確な善悪の対立の闘争から一つの結論を導き出すような基本的特性(本稿では「道徳のメロドラマ」と呼称される)は、「社会と国家を再編成しようとする」昭和初年の日本社会の特徴を鑑みれば、それは国民国家に亀裂を生じさせる危険を孕み、また商業映画としての価値側面からも映画内で「悪」として描写される諸地域で興行上、悪影響が及ぶ可能性があるとして退けられていたと言及される。
そして、そういった中で要請されたのは、対立する登場人物たちに対して等しく脅威として存在する外部(欧米列強の植民地化という脅威)を前提とすることで、内部で対立的な悪を描くことなく、登場人物全員が愛国者であるという善性を帯びさせることで、その全員を犠牲者として描く「悲哀のメロドラマ」であると述べられる。
幕末映画における「悲哀のメロドラマ」では、登場人物全員はお互いが善玉であるという前提を共有することは簡単には出来ず、しばしばその関係の中で葛藤が生じ、人物間で「道徳のメロドラマ」と「悲哀のメロドラマ」を複雑化させながら物語は紡がれてゆくことになる。
そんな物語的な葛藤は、主に、主人公と相容れない思想的立場を持つ他者が、主人公の「国民国家への想像力」に基づいた行動を誤読することから生じてゆき、最終的にそれは具体例として挙げられる坂本龍馬や井伊直弼といった主人公に対するテロリズムへと収束してしまう。
しかし、主人公は、先述した物語の要請上、テロリズムの首謀者にも、自身と同じ様に外部からの脅威に虐げられる犠牲者であるという絆を求めることで、その恨みのはけ口を失い、孤立してしまうことになる。この点こそが幕末映画の持つ「悲哀のメロドラマ」の構造的な特徴であり、近代的制度である「国民国家への想像力」という、そもそも幕末・明治維新においては時代錯誤的なファクターを付与された主人公の抱く孤独は、「国民国家への共同性への危機感と不安感」を抱く昭和初期の観客に対して、主人公と同様の立場におかれているという同情を深めるためのプロパガンダ装置として重要な機能を果たすことになると述べられる。
そして、筆者は、そんな主人公たちが抱く孤独(な「恨み」)は、最終的に彼らが自身の死に際に日本を想いながらキャメラ=観客に向けて眼差しを注ぎ、主人公と観客との間に「想像的な切り返し」を成立させることで、映画のテクストのレベルからも、昭和初期の観客に対して「国民国家への想像力」を再認識させる(刻印付ける)ことになると結論付け、論文を終えている。羽鳥氏が記した本論文は、コンパクトにまとめられた文量ながらも、日本映画史における幕末映画についてはもちろん、映画学が培ってきたメロドラマ論の先行研究の成果も多分に凝縮されており、映画史、映画理論のどちらの観点からも学ばされる点を含んだ論考であった。

次に「映画のなかの社会」を扱った論文からは堀潤之氏『第七章 アラン・レネを見るゴダール--『ヒロシマ・モナムール』から『映画史』へ--』を見てゆこうと思う。本章では、フランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールの大作『映画史』が強制収容所という社会的事象の中でも最も表象することが困難であろう対象を、いかに高度な映画的手法で描き出そうとしたのかが、『映画史』のテクスト分析からだけではなく、アラン・レネの諸作品がゴダールに対して影響を与えてきたのではないかという想定からも問われてゆくことになる。
そのような想定の妥当性を証明してゆくために、本論は主に三つの観点を提示してゆく。
まず第一に、ゴダールが属していた1950年代の『カイエ・デュ・シネマ』の論陣・監督たちは、主に映画作品の主題や内容の次元には興味を示さず、「演出」の形式の次元にこそ映画の革新性を見ていた為、同時代にインドシナ戦争やアルジェリア戦争といった社会的状況に直面しても、それらを主要な関心事として扱わなかった。そして、そういったカイエ派に対して『夜と霧』『ヒロシマ』『ミュリエル』といったレネの諸作品は、社会的事象に密接に切り結びながらも、それを映画言語の変革と共に密接に結び付けることで、彼らに大きな衝撃を与えたことがセルジュ・ダネーの記事の引用などから指摘される。
次に二点目では、先節でふれられた、レネがカイエ派に対して与えた衝撃について、具体的なゴダールの反応が、当時のカイエ派周辺のフランス映画批評状況を踏まえながら示されてゆく。そこではゴダールの有名な「トラヴェリングとは道徳(モラル)の問題である」という警句が語られた『カイエ』誌1959年7月号の座談会「ヒロシマ、われらの愛」を中心に、カイエ派にとって重要であったのが映画作品の主題や内容ではなく、映画的な演出に対して美学的・道徳的な意味を認識することであったということを、各論者の記事の引用から明示してゆく。筆者は、そういった発言に共通する点が、映画作品を何かしらのメッセージ性に還元することを戒め、映画作品と現実社会とのあいだの複雑な表象の回路に目を付けることを根本的な態度としていた事実を抽出する。そして、そのように語られるレネの作品の中でゴダールのその後の歩みを考慮に入れたときにとりわけ重要なものとして浮上するのが「モンタージュ」であることが、『夜と霧』における白黒映像の収容所映像とカラーで撮影された収容所跡地の映像の接合であったり、『ヒロシマ』で並置される「情事」と「恐怖」といった共約不可能なものの道徳的基準を超越した接合から具体的に検討されてゆく。そのように『カイエ』派の非政治性に対する社会的な「現実」が高度な映画的技法をもって闖入すること。これこそがゴダールがレネから受けた衝撃であることが本節で結論付けられてゆく。
最後に示されるのは、その闖入によって受けたゴダールの衝撃がいかにその後の作品から『映画史』にいたるまで反映されていったのかの具体的検証となる。まず、アルジェリア戦争における拷問という主題をそれぞれの方法で物語の根本要素とした、1960年前半のゴダール『小さな兵隊』とレネ『ミュリエル』の比較がなされ、そういった主題を語る際の人称性の違いなどから、二人の姿勢の対照性が浮き彫りにされる。次に、ゴダールがレネの影響を受け始めた1960年代後半の『恋人のいる時間』における『夜と霧』の映像の引用や、『彼女について私が知っている二、三の事柄』における『ミュリエル』からの都市の描き方や人物造形の対応関係などの表面的で明示的な接近の段階が、そして1970年代、『パッション』の登場人物に反映された『ヒロシマ』の主題の変奏から、自らの政治的急進化による一時的なレネへの興味の否定の段階。最後に1980年代以降、『映画史』においてより本質的な映画的言語の次元におけるレネへの再接近が、『映画史』における収容所とポルノグラフィーという懸け離れた複数の要素の並置によるその間隙への思考の促進という中で、『ヒロシマ』における「恐怖」と「情事」のモンタージュの影響が深く響いていることが『映画史』の詳細なテクスト分析と共に言及されてゆく。
以上のように三つの観点から、ゴダールの『映画史』が表象不可能な題材に対して見せる手捌きを、レネの諸作品からの影響という視点から再検討してゆく本論は、ゴダールのフィルモグラフィーに対して新たな道程を浮かび上がらせる指針を提示しながら締めくくられる。
堀氏の記した本章は、映画芸術がどのようにして社会的事象を表象しうるのかという原理的な問題が強制収容所という表象のリミットの中で考察されており、それは本書の主題の一つである「映画のなかの社会」、つまり映画がいかに社会を表象していくかという問題の根幹を考えるきっかけを与えてくれるという点で非常に重要な部分を担うのではないだろうか。

今回紹介した『映画のなかの社会/社会のなかの映画』には他にも優れた論考が数多く載せられている。本論集は「映画」と「社会」の関係について相互の視点から考察された書物であり、そのどちらから関心を持って読み進めようと、両者に対する深い示唆を与えてくれるであろう。主に映画理論に関心を持つ私も本書を通読する中で、非常に多くの教示を受けることができた。是非、多くの方々にも、本書が持つ多様な刺激を感じていただきたい。

(和田泰典)

註1)『大衆の装飾』ジークフリート・クラカウアー著、船戸満之・野村美紀子訳、法政大学出版局、一九九六年、二六二貢
註2)『映画とは何か』加藤幹郎著、みすず書房、二〇〇一年、一五九貢


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