今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW
2013 5

「関根忠郎の映画惹句術」

著者:関根忠郎

編集・発行:スタジオジブリ

発売:徳間書店

発行年月:2012年8月

人を「惹」きつける「句」と書いて「じゃっく」と読む。日頃見慣れないこのような言葉がタイトルに冠された本書を見かけたならば、とりあえず手に取ってそっと表紙カバーを外してみてほしい。様々な字体で彩られた夥しい数の文言があなたの目に飛び込んでくるはずだ。それらは、本書の著者である関根忠郎氏が生涯をかけて生み出してきた映画の宣伝文句の数々である。独特の節回しが目を引くそれらの言葉は、「キャッチ・コピー」という今風でどこか無機質な響きを持つ語には到底置き換えられないような、尋常でない熱量を放ちながら私たちに迫ってくる。まさに著者自身が冒頭で述べているように、「人間が登場し、何らかのドラマ(葛藤)を展開して、さまざまな感情のぶつかり合いを観客に楽しんでもらう」劇映画という商品の宣伝文句には、「惹句」という古めかしくも直截な呼び名こそがふさわしい気がしてくるのだ。

関根忠郎氏は、一九六〇年代から現在に至るまで東映作品を中心に数多くの映画惹句を手懸け続けてきた人物。そんなベテラン「惹句屋」が、過去の仕事を振り返りながらその惹句製作の過程を明らかにしていくのが本書の大まかな流れである。しかしながら、本書のタイトルに「惹句術」と銘打たれているからといって、惹句作りのノウハウを一から教えてくれるハウツー本のようなものを期待してはならない。ほかならぬ著者自身が、映画は生活必需品のような〈モノ〉ではなく、かつ一本一本全く異なる商品であるという観点から、惹句作りを一貫して体系化することの不可能性を説いているからだ。それでは、関根忠郎における「惹句術」とは何か? その答えは、「言葉は「作る」ものではなく、ひたすらその訪れを「待つ」ものなのです。」という一文に集約されている。著者にとって、惹句作りで先行するのは「言葉」ではない。自身の惹句の〈売り〉を、「登場人物の喜怒哀楽、愛憎、悲喜、欲望などの諸感情」であると述べる著者にとって、その作品特有の〈感情〉を引き出すことこそが惹句作りの要となる。個々の作品と接しながら、その核となる〈感情〉を抽出していく過程を経て、「言葉」はあとから自然にやって来るのである。「やたらフレーズから入ってしまうと、空疎な言葉しかゲットできません。」このように言い切る著者が生み出す惹句からは、宣伝文句によくありがちな押し売り的な嫌らしさは感じられない。〈愛〉、〈感動〉、〈スペクタクル〉などの常套句が放つ白々しさとは無縁の調子で、人々を映画館に呼び寄せる極上の〈口説き文句〉。誰にでも書けるわけではない、まさに映画惹句作りの職人芸の一端に触れることができる一冊。

(坂庄基/神戸映画資料館スタッフ)


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