今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW
2016 7

51MKspBXJoL._SX350_BO1,204,203,200_「日本映画研究へのガイドブック」

著者:マーク・ノーネス、アーロン・ジェロー
訳者:洞ヶ瀬真人
出版社:ゆまに書房
発行年月:2016年6月

 

 

 

本書は、「日本」の外側から日本映画史の研究を牽引してきた二人の著者が、2009年に日本映画の研究者に向けて英語で出版したガイドブックの邦訳である。
 
日本国内や海外のフィルムアーカイブ、大学図書館の所蔵資料の情報、日本映画の書誌・文献解説などだけでなく、映画に関する書籍やコレクター商品を扱う古書店、ウェブサイトまで紹介されており、これほど研究者や映画ファンにとっての実用的なガイドもないだろう。「訳者あとがき」に記された「初めて手にしたとき、こんな本がもっと早くにあったら自分の研究は全く違うものになっていただろうと感じ、これから研究を始める人たちが羨ましく思ったのを覚えている」という表現に誇張はない。今回の日本語版でさらに情報がアップデートされているが、今後本書のようなガイドが機能し、広く読まれることで、映画研究の基本的な調査方法にも大きな変化が生じるように思われる。
 
国際的な学問として日本映画の歴史や批評、理論などを研究するためにどのようなアプローチが求められるのかを知る上でも、本書から学べる点は多い。ジェロー氏の序論では、日本で映画研究が歴史的に陥ってきた困難な状況、海外での非西洋映画への視座の問題などが整理されている(それらの学問制度に挑戦する日本映画の研究の可能性も示される)。そして、どのような施設やインターネットを活用し、情報を収集できるのか詳しく記されているわけだが、実際にアーカイブや古書店を利用した著者たちの姿が窺えるほど具体的な記述が多い。日本国内の図書館で遭遇した〈ユーザー・アンフレンドリーな〉態度や古書店であしらわれる経験などまで記述されている。
 
書誌情報は特に充実しており、個人的に注目したのは、「地方映画史」の項目である。筆者は現在、関西を中心に主に1960/70年代頃の自主映画の歴史を調査しているのだが、本書に記された各地域の映画興行、独自の映画文化のかたち、映画サークルの活動などを示す文献の情報には発見が多かった。また最終章のFAQでは、映画を学びたいがどのように研究を進めればいいかわからず、その入り口で足踏みしている人々に、フィルムやビデオを探す方法から著作・論文へのスチル写真の使用などまで丁寧に説明してくれている。
 
さらに本書は、読者をこうしたガイドの新たな担い手に変貌させることを促してもいる。つまり本書に記された様々な場所に赴き、自らの経験を上書きする作業や、この本に記されていない新たな情報を加えることが求められているのである。それは著者たちが運営してきた日本の映像メディアに関心をもつ研究者、アーティスト、愛好者らによる非公式の組織「キネマクラブ」(kinemaclub.org)による学際的な研究の中で実践された共同性に基づく発想であり、本ガイドの核にある思想ともいえる。序論にもあるように、トップダウンによって必読書を掲げるのではなく、ボトムアップによる協働のプロジェクトが必要であり、将来的により豊かな内容に本書をアップデートすることが、活用方法として望まれているのだ。
 
さっそくではあるが、本書30−32頁に掲載された「神戸映画資料館/プラネット映画資料館」の項目に記載された所蔵フィルムの数などは過去の情報であり、更新を求めておきたい(2016年4月現在、16,000本のフィルムが所蔵されている)。また、同資料館の分類システムについてもフィルムの場所と機材、書類といった大雑把なカテゴリーを脱し、データベース化の作業が進みつつあることも付言しておく。さらに名古屋シネマテークに併設された映画図書館や、古書店では大阪天満宮の傍にある駒鳥文庫なども是非ここに加えて欲しいと思う。
 
(田中晋平/神戸映画保存ネットワーク客員研究員)


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