インタビューWEBSPECIAL / INTERVIEW
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『ニシノユキヒコの恋と冒険』 井口奈己監督インタビュー


©2014「ニシノユキヒコの恋と冒険」製作委員会

前作『人のセックスを笑うな』(08)から6年を経て、井口奈己監督の新作が公開される。川上弘美の同名小説(新潮社刊)を、監督が構成を編み直し脚本を執筆、編集も担当した『ニシノユキヒコの恋と冒険』。巡る惑星のように、つねに周りに女性が存在する主人公・ニシノユキヒコ。だが彼の人生はどこか寄る辺なく、定まるところがない。ニシノが女性たちと過ごした恋の時間とその果てを切り取った本作は、“モダンな幽霊映画”とも呼びたくなる趣を併せ持つ。2月8日(土)の全国公開を目前に控え、大阪を訪れた井口監督にマイクを向けた。

──『キネマ旬報』誌での川上弘美さんとの対談で、ニシノユキヒコのキャラクターを、フランソワ・トリュフォー監督作品のアントワーヌ・ドワネルと関連付けてお話されていましたね。監督の中でふたりの男性はどんなところが重なっていますか?

「ニシノさんを巡って、女の人同士の仲が悪くならないところがいいなと思っていたんですよ。ドロドロとさせない。ドワネルの映画でも、過去の女性たちが会った時に「あなたもドワネル・クラブね?」と言うシーンがあって、それを観て「あ、こんな感じにしようかな」って。主人公を単に女性に手の早い男みたいに描くのは嫌で、チャーミングな感じを出せたらと考えたんです。トリュフォーの作品、特にドワネルものは男性がチャーミングなので、そういう風にしたいなと思いました」

──「ドワネル・クラブ」というセリフは、『逃げ去る恋』(79)だったでしょうか。いわゆるドワネルものは「アントワーヌ・ドワネルの冒険」と呼ばれるシリーズなので、冒険つながりでもありますね。トリュフォーというと、今回は『恋愛日記』(77)を参照されたそうですが、具体的には回想形式と・・・女性ばかりのお葬式?

「そうですね。そこを『恋愛日記』からちょっと頂きました(笑)」

──主人公の爽やかさ、嗜好にかなりの違いがあるかもしれませんが(笑)。また本作のポイントのひとつに「幽霊」がありますね。ここに重点を置かれたのはなぜですか?

「原作は10編の短編連作なので、そのままではちょっと1本の映画には出来ない。映画用の構成を考えないといけなくて、そこで「死んで幽霊になって、女の子と一緒に自分の過去、辿った道を回想する。そして昇天すればいいかな」と。原作でもオープニングで幽霊として出て来ます。そこにすごくインパクトがあったので、まず死んじゃって幽霊にするのがいいんじゃないかと構成の時に決めました」

──先日、東京で行われたオールナイト上映では井口監督の過去作品に加えて、『牡丹灯篭』(68)もプログラムされていました。構成の段階、あるいは制作中にイメージしたり、頭の中で思い浮かべていた幽霊映画はありますか?

「内容を参考にしてはいないんですけど、“幽霊の出方”については、クリント・イーストウッドの『ペイル・ライダー』(85)を制作直前に観ました。山本薩夫監督の『牡丹灯篭』も観ましたし、あとは・・・あ、そうだ、『妖婆 死館の呪い』(67)というロシア映画も観ました(笑)」

──そんなものまで(笑)。幽霊映画でありつつ本作は恋愛映画ですので、多くの部分で男女の無邪気な戯れが見られます。やはりこれは監督のお好きなもの?

「そうですね。メイキングを観ていたら私、芝居を見ながらにやにやと笑っている時があって。自分で「笑って撮ってるんだな」と思いました(笑)。楽しかったです」

──純粋に、戯れている様を観るのがお好きということでしょうか?

「そう、観るのが好き。ストーリーを伝えたい欲望があまりないんですよ。「テーマを伝えたい」というのもなくて、観た人が勝手に受け取ってくれたらいいかなと思って(笑)。映画って観る悦びだと思うので、魅力的な人たち──それは犬でも猫でもいいんですけど──魅力的なものが映っていて、それを観ている時間を楽しみたいという感じですね」

──そうした欲望がないせいか、本作は「軽さ」を獲得していると感じました。ニシノが軽薄だとか映画として薄いという意味でなく、軽やかな作品になっている。恋愛にまつわる教訓めいたものを感じさせないところも良いと思ったんです。よく観れば、女性にモテるコツが詰まっているのかもしれませんが・・・。

「いや。・・・いやとか言っちゃった(笑)」

──僕が見逃しただけかもしれません(笑)。でも戯れ、状況描写だけで映画を引っ張るのは難しいことで、様々な工夫が必要ですよね。映像に関して伺いたいんですが、撮影は前作に続き鈴木昭彦さん。資料に「カメラマンは鈴木昭彦さん以外では、ラウル・クタールくらいしか思いつかない」という旨の発言があります。監督の感じる、鈴木さんとラウル・クタールとの共通点は?

「私、トリュフォーでもカメラマンがラウル・クタールの作品がすごく好きなんですよね。(ネストール・)アルメンドロスだと、“流麗過ぎる”みたいな感じがあって」

──たとえば『恋のエチュード』(71)、『緑色の部屋』(78)などはアルメンドロスですね。

「はい。鈴木さんのカメラも何ていうんだろう・・・野蛮な感じ。いい意味で綺麗に、流麗にしないところがたぶん好きなんでしょうね」

──鈴木さんの撮られる画からは“ワンカメ感”を感じます。シーンによっては別アングルからもう一台回していることもあるんでしょうか?

「ないですね・・・ないです。ワンカメです!(笑)」

──ということは、カメラはおふたりの間で「ここしかない」位置に置かれるわけで、それはどのように決めているんでしょう?

「まず、芝居を見る場所があるじゃないですか?ふたりともいいところを探しているんですよね。そうすると大体寄って来る。寄って来てたら、「そこでいいね」という感じになります」

──おふたりが近寄った場所ということですね?

「はい。芝居ってどこから見てもいいですよね。私は正面から見ることが多いんですけど、鈴木さんも何となく横に居たりするので、「あ、ここなんだな」って。お互い喋って「ここですよ」「ここにしましょう」とか相談することはなくて、見ながら「この辺かな」というのを探ります」

──それはぴったり一致するものなんでしょうか?

「鈴木さんが私より下がっていることが多いですね」

──鈴木さんの方が引き?

「はい。フレームを切ってみると鈴木さんの位置の方が良かったりするんですけど。そうすると芝居が全部見えてしまう時があって、そこでどうやってカットを割るかが鈴木さんとの“勝負”みたいな(笑)」

──そこで最終的に意見が分かれてしまうことはありますか?

「ないですね。なるべく無理のないように割るという感じなので」


©2014「ニシノユキヒコの恋と冒険」製作委員会

──カット割りのお話を受けて、本作の切り返しで印象に残ったのが、駅の改札で竹野内豊さんと尾野真千子さんが別れるシークエンスです。

「あの時はですね・・・実はものすごく大変で。時間はないし、人もどんどん増えてくるみたいな状態で。本当はもう少し後ろの人たちを捌きたかったんですけど、難しかったです、はい(笑)」

──ニシノは既に亡くなっていることから物語の輪郭に“大きな不在”あって、あそこには“小さな不在”が表されているように見えました。しかし、そんなご苦労がありましたか(笑)。人物のフレームアウトも目に残っているんですが、何か意識されて?

「たぶん好みなんでしょうね。言われて「そうか」と思いましたけど、フレームアウトさせていますよね」

──フレームアウトが繰り返されるのも、映画のリズム作りに貢献しているように思います。音楽でいうリフのような。

「手癖みたいなものなんでしょうね」

──音に話を移すと、今回は同時録音の割合はどのくらいでしょう?

「全部同録です。アフレコを入れてるところは・・・」

──ラスト近くで「おや?」という声の重なりが聴けますが、あの声も同録で?

「あれは現場でも録っているんですけど、もう一回スタジオで録って、「映っていないところ」の声を合わせたというか、編集したというか」

──「映っていないところ」が面白い点でもありますが、音へのこだわりは井口監督が映画作りのスタート時に録音部におられたことが今も影響していますか?

「うん。出来るならもう同録で。同録出来ないところはロケ地になるべく選ばないようにしていたり」

──音では、葬儀で楽隊の演奏する音楽が回想で一旦断ち切られた後、またその音を呼び戻すことで「映画内時間」が作られているのも興味深かったです。細部をもう少しきかせて下さい。ニシノが本を手に取る場面があって、それが山田宏一さんの『映画 果てしなきベストテン』。山田さんの著作は他にもある中、あえてあの本を選んだのは?

「色々あったんですが、一番新しいものがいいかなと思って(笑)」

──もっともです(笑)。それからニシノが映画館へ行きますよね。そこで彼が観るのがマキノ雅弘監督の『次郎長三国志』シリーズ。井口監督自身、お好きな映画でしたね?

「そうですそうです。「映画を観に行く」っていうシーンを書いた時、何を観に行くかとなったら、「東宝さんの作品にしてもらえれば」みたいなのがあって(笑)。「東宝だったらマキノがあるじゃん!『次郎長』があるじゃん!」って。それから、川上弘美さんの『東京日記』に「映画を観た」と書いているところがあって、それが森繁久彌さんの作品なんですね。『スラバヤ殿下』(55)という森繁さんが顔を黒く塗った、今ではちょっと放送出来ないような映画があるんですけど、それを観たと書かれていたので「もしかしたら森繁さんをお好きなのかな?」と思って、「森繁~東宝~次郎長三国志」となったんです」

──今のお話からふと思ったのは、ドワネルがトリュフォーの分身だとすれば、ニシノにも監督の分身的な部分があるのかもしれません。

「好きなものを盛り込んでみました(笑)」

──山田さんの本とマキノ監督作品に、モテる男の秘訣が隠されているような気もしてきました(笑)。・・・すみません、大筋から随分脱線してしまったので、監督から作品の魅力をお願いします。

「まず、主演の竹野内豊さんがものすごくチャーミングなのが魅力ですし、チャーミングな人たちを2時間観るっていう楽しさのある映画じゃないかなと思います。「こんなにチャーミングでいいのか?」って撮影しながら思うくらいでした」

──ありがとうございました。ところで、今日はスーツをお召しなんですね。

「そうなんです。今夜は舞台挨拶があるので」(※取材は完成披露試写会の前に行った)

──今でも普段、アノラック(*1)は愛用されていますか?

「はい!着ていますよ(笑)」

──ではネオ・アコースティック、アノラック・サウンドもずっと変わらずお好きなままでしょうか?

「今も聴きます。今回、七尾旅人さんが主題歌(『TELE○POTION』)を作ってくれたんですけど、ギターポップのテイストもある曲で、とても気に入ってます」

(*1)  アノラック(フード付きの防寒着)は井口監督の愛用服。パステルズをはじめとするグラスゴー周辺のギターバンド、及びそのリスナーの多くが着用していたことから、「アノラック・サウンド」と形容されるようになった。

映画『ニシノユキヒコの恋と冒険』公式サイト
2月8日(土)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシシネマズなんば、TOHOシシネマズ二条、OSシネマズミント神戸ほか全国ロードショー

(2014年2月 大阪にて)
取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地


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