ラジオ関西「シネマキネマ」インタビューWEBSPECIAL / CinemaKinema

脚本家・高橋知由インタビュー

螺旋銀河

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ハッピーアワー

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第68回ロカルノ国際映画祭で、『ハッピーアワー』(2015/監督・濱口竜介)のシナリオにスペシャル・メンション(審査員特別表彰)が授与されるなど、目覚しい活躍を見せる脚本家・高橋知由。草野なつか監督と共同でシナリオを執筆した『螺旋銀河』(2014)も今秋の劇場公開を控えている。さらなる飛躍への期待も込めて、キャリアのスタートから現在までの話を訊いてみた。

 

──高橋さんにはこれまで放送用に何度かお話を伺ってきましたが、基本的な事柄、たとえば「最初に衝撃を受けた映画」は訊いたことがなかったですね。そこから教えていただけますか?

僕の場合、「この映画に衝撃を受けた!」というピンポイントな作品は思い付かないです。ただ、唯一そういうものがあるとすれば、20歳くらいのときに急にいろんな映画を見始めたことでしょうか。それまでも映画は観ていましたが、音楽や小説、マンガ、アニメなど他のジャンルより突出して好きだったわけじゃない。だけど、そのときの状況というか、一気に映画の見方が広がっていくことがあって、その体験が衝撃的と言えば衝撃的でした。僕が20歳のときは2005年で、──ちょっと時間が前後してるかもしれないんですけど──この年は成瀬巳喜男の生誕100年特集があり、さらにアンゲロプロスの新作(『エレニの旅』)が来て、過去作も一挙上映とか、同じようにゴダールの新作(『アワーミュージック』)が来て、これも過去作上映があったんです。で、友達に誘われるままにそういう映画を観るなかで、スピルバーグ(の『宇宙戦争』)とかトニー・スコット(の『ドミノ』)とか、子供のときからテレビ放映で馴染んでいるハリウッドの映画をあらためて観に行くと、これもまた面白くて。さらに次の年には、溝口健二の没後50年特集があり、増村保造一挙上映があり、あとはフランス映画社の30周年記念特集とかがあって、旧作がまたドンと来た。そんなこんなで、「アレも観たいコレも観たい」と追いかけているうちに、まあよくいる映画好きの道にズルズルと引きずり込まれるという感じでした。学生が半年くらいで急に映画に狂ってしまう現象には名前を付けてもいいと思うんですけど(笑)、僕もそんな学生の一人でした。

──そういう「はしか」のような現象はたしかにあります(笑)。高橋さんのお生まれは1985年なので、2005年には日本大学芸術学部に進学されていましたね。もう脚本家を目指していましたか?

脚本家になろうというよりは、「脚本コースに入っていた」というのが正しくて、もともと受験で日大芸術学部を受けたんですが、それは記念受験のようなものでした。社会科の先生になって世界史を教えたかったので、他にも受験しましたが、ほとんど落ちてしまい、受験の日程がちょうど空いていて、腕試しにたまたま受けた映画学科脚本コースに合格した。もともと歴史が好きだったこともあって──よく言われるように、歴史(History)には物語(Story)が入っていますから──物語を書くこと自体に興味はあったんです。で、入ったら、とにかく課題を提出しなくちゃいけない。なので、とりあえず脚本を書いてみようというところから始めました。

──それからすぐにスムーズに書けるようになりましたか?

いや、最初の頃はなかなか書けなくて、劣等生でした。ただ、当時はデジタルカメラが普及して、安い民生機でもそれなりに高いクオリティの映像が撮れるようになっていたんですね。映画学科ではまだフィルム実習もありましたが、それより「夏休みを使ってちょっと短篇を撮ってみようか」という学生がすごく多くて、そういうものに参加しているうちに「じゃあ脚本を書くよ」となるケースが多かった。いまはiPhoneでも映画を作れてしまう時代なので、仲間を集めて撮るまではできると思うんですが、一個の作品にすることが大事。そのなかで、ただ紙の上で構成などを学ぶのとは別のものを得ることが多かったですね。構成やセリフはもちろん紙の上でも勉強をしないといけない。長篇を作る構成力やセリフを練り上げる力は重要ですが、それよりも自分の書いたものが、撮影・編集という具体的なプロセスを経て、ひとつの映像作品になるというイメージを持てることが大事なので、最初に制作の現場に参加できたのは幸運だったと思います。

──そのようなスタートでしたか。では脚本家を目指すとすれば、机で書くことより現場に参加するほうが近道なのかもしれないですね。

そうですね。撮ることからでもいいですし、書くことから始めてもいいと思うんですが、僕が当時思っていたのは、監督コースや撮影コースの人たち──彼らは技術は持っています──が作った脚本を読ませてもらうと、正直あんまり面白くない。だったら僕ら脚本コース生の書いた脚本を持ち込んだらどうだろうかと思ったんですが、それを繋ぐ人が誰もいない。脚本コースの学生は、基本的に長篇を書いてコンテストに応募することを目標にしているようでした。それよりは、皆で作れる映画の面白い脚本を書けばいいのにと思っていて、結局、いまもその延長線上で書いていますね。それから、ちょうど僕が学生だった頃は大阪芸術大学が多く人材を輩出していた時期でもありました。たとえば向井康介さんや宇治田隆史さんたち。いまも一線で活躍されている人たちは、学生の映画制作から入って脚本家の道を進んでいた。脚本賞出身者の若手ですごい人がいるかなと考えてみると──たぶんいたとは思うんですが──ちょっと思い付かなかった。それだったら大阪芸大出身の方たちみたいに、自主制作に参加しながら脚本を書いていくのもアリかなと思っていました。

──いわゆる「ゼロ年代」の日本映画のひとつの流れですね。

僕が入学したのが2004年。山下敦弘監督や熊切和嘉監督の作品が話題になっていた頃で、向井さんたちは若くしてデビューして注目を集めていた。同じ頃に映画美学校でも講師の塩田明彦監督や瀬々敬久監督の脚本家として、もともと生徒だった人たちが書いているということも聞いていました。どちらも大学なり学校なりでやっていたことの延長線上として書いているようなところもあって、それがすごく新鮮でした。シナリオコンテストで賞を狙うのではなく、こんなふうに映画業界へ進む道もあるんだなと考えていました。

──そうした学生時代を経て現在に至るわけですが、高橋さんが考える面白いシナリオについても教えていただけますか?

ある一定の枠のなかで話が転がっていく方向、それは作者の意図でもある。ストーリーテリングともいえますが、その意図がうまくハマるのとは反対に、各々人格を持つキャラクターが作者の意図通りに動いてくれないことがあります。話の面白さは、その拮抗のなかで生まれてくる。まあ言ってしまえばドラマの基本なんですが、そこで激しく拮抗しているシナリオはやはりすごいなと思いますね。

──そのような脚本を書くために、普段から心がけていることはあるでしょうか。

去年はヒッチコックについてかなり勉強したんですが、最近は「別のものを勉強しよう、日本映画も観ないと」と思って、成瀬巳喜男監督の映画ばかり観ています。水木洋子さんや田中澄江さん、松山善三さんや井出俊郎さんらが書いた脚本はやはりすごい。それとは別に、成瀬監督自身のドラマをつくる癖のようなものも見えてきて、50年代の名作から観直して勉強しているところです。

──やはり成瀬作品でも、いま伺った「拮抗」が生まれていますか?

そうですね。キャラクターがいかに運命に抗うか? あるいは負けていくかということ。またはどう抗って、どう負けていくかということ。この運命をストーリーと置き換えてもいいと思いますが、キャラクターとストーリーの拮抗において、その噛み合わせが緩くなく、しっかり繋がれていますね。

──「ドラマ」という点ではどうでしょう。シナリオの段階で「強いドラマ」が成立していれば、それだけで面白い映画に結び付くものなのでしょうか?

最近は成立しないようで成立しているのがいちばん面白いかなと思っています。うまくいき過ぎても意図を感じてしまうし、そうかと言って何にも起こらなければ、それはそれで停滞した映画になってしまうので、どうやってその狭い範囲を突破するか。その上でシーンとシークエンスとしてどう落とし込むか。そこに面白さがあるように思っています。

──もし他に、良いシナリオを書くための秘訣のようなものがあれば教えてください。

それ以外は「ちゃんと生活する」ということ。僕がちゃんと生活できているかどうかは怪しいですけれど(笑)。

──それは僕も同じくです(笑)。でも、「ちゃんと生活する」とは具体的にどんなことを指すのでしょう?

要は、一日一日実感を持って生活するということなんです。生活の中で流れている「時間」というものの感覚を自分の中で持っておくというか……。それがないと、例えばフィクション度の高いSFのようなジャンルでも書き出せないような気がする。でも、これは決して難しいことではなくて、ご飯を作ったり、洗濯物を干したり、そんなことをひとつひとつやっていくってことなんですけどね。あとは皆さんが言うように、人の話を聞くのもいいですよね。外に出て、お酒を飲んで人の愚痴を聞くだけでもかなりいいと思います。

──その場合は取材として訊くということではなく? 笠原和夫さんの「取材なくして想像力なし」という言葉もありますが。

取材をおこなうこともありますが、それはむしろ仕事としてですよね。たとえば職業上、特殊な業界の実情を知らないといけないので、プロデューサーに頼んで当事者にお話を訊くことは取材としてやったことはあります。そういった取材とは別にキャラクターのモデル、こういう人を映画に出したいと考えるような人には、それとなく近づいて話を聞くことがありますね。あとはやっぱり面白い文章を読むことじゃないでしょうか。面白い文章を読んで、なんでもいいから毎日書くことですよね。

──最近だと、どのようなものを読まれているでしょう。

最近はロベルト・ボラーニョを読んでいます。翻訳で読んでいるので、スペイン語で読む感じとどれだけ同じなのかはわからないんですが、いま出ている日本語訳は文体も面白いです。初期と後期ではだいぶ違いますが、たとえば、最初は平易な、映画のプロットのような文章で始まって、気付いたら飛躍している短編なんかがあります。プロットとして書けるような平坦な文章で起こったことを淡々と述べていると思っていたら、そこに詩的なものがどんどん放り込まれていって、次第に「どうしてこんなものを読んでるんだろう」と置いてかれそうになる感じ。あれはすごく面白いですね。ただ、物語の枠組自体はとってもオーソドックスかつしっかりしてるので、中毒みたいにどんどん読める。

──ボラーニョは短篇もうまいですよね。高橋さんの脚本による短篇映画も観てみたいと思いますが、小説といえば高橋さんは『最後の命』の映画化(2014/原作・中村文則、監督・松本准平)にあたり脚本を書かれています。小説を脚本にするのは、初めてでしたか?

学生のときに課題で書いたりしていたハズなんですが、どんなふうに書いたかほとんど忘れていて、初めてと言っていいと思います。そうして書いたものが運良く映画になったわけで、コレは本当にありがたいことでした。ただ、個人的にとても課題が残るというか、小説と脚本が全然違うということを、身を以て体験する結果になりました。もっと言うとその違いを「体験しただけ」で終わっちゃったようなところがあります。小説と脚本の何が違うのかって、──あくまで僕の感覚の話ですけど──広い意味での「物語」っていう身体があるとして、そのなかで使う筋肉が全然違うんですよ。だから小説の脚色って、マラソンランナーをコンバートして三段跳びの選手に鍛え直すようなことなんだと思うんです。すごく雑なたとえですけど(笑)。『最後の命』をやってみて、どうやら「鍛え直すこと」は可能らしいぞ、ということまではわかりました。でも、どうやって鍛え直したらいいのか・どの程度鍛えたらいいのか、ということは、まだまだこれから考えなくてはいけないと思っています。

──その比喩はとてもわかりやすい(笑)。「毎日書く」ことも「鍛える」につながると思うのですが、どのように実践しておられますか?

非公開の日記を書いています。公開にしてしまうと、「いい文章を書こう」と思ってしまうので、そういうのと関係なく思ったままのことを書く。感じたこと、考えたこと、見たこと、聞いたことを毎日記録しています。書き始めたのは神戸に行ってからなので、だいたい1年半くらい経ちます。もう4冊目ですね。

──そんなに書いておられたとは。毎日だとなかなか大変だと思いますが、一体どのくらいの量を書かれるんでしょう。

良い映画、もしくは良くない映画を見た日はすごく長くなります(笑)。良くなかった映画には、「僕だったらこうする」とアイデアをたくさん書きます。映画ファンが、「こんな展開になればよかったのに」というレベルかもしれませんが。

──それは読んでみたい(笑)。日記は手書きですか?

手書きです。漢字を書けなくなっているので、ちゃんと調べて書くようにしています。発表することはないとはいえ、「これは使えるな」という文章が書けることもあって、そういうのはいろんなところで言ってみたりもします(笑)。

──そういえば高橋さんのメールの密度が異様に濃いことも、ここで触れておきたいですね(笑)。

普段考えているけど、文章にしていないことってすごく多いじゃないですか? メールのやりとりの中で「これは文章化してみよう」と思うと自分のなかで整理される。考えながら、その思考の跡を記録するという書き方をしています。だからメールが長くなってウザがられることもあるんですけどね(笑)。

──いえ、いつもメルマガ的な感覚で読ませてもらっています(笑)。それらの蓄積が脚本の強度のもとになっているとも感じるのですが、手がけた作品に関してさらにお話いただけますか。濱口竜介さん、野原位さんとの脚本ユニット「はたのこうぼう」による『ハッピーアワー』が、先日のロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を獲得し、脚本にもスペシャル・メンションが贈られました。いま、どのように感じておられますか?

まず、映画の撮影前にあった5ヶ月間のワークショップと、その後も続くシナリオ作りがあって、その間、ワークショップのスタッフとして、或いは「はたのこうぼう」の一員として本当にいろんな勉強をさせてもらったんです。特に演技とシナリオの関係について。シーンとは、セリフとは、演じ手にとってどんなものなのか? というような基本的なことです。基本的で根本的な問題ですね。そういうことをひとつひとつ丁寧に確認していく過程がありました。そこで得たものもたくさんあるし、今後の課題として厳しく突きつけられたこともたくさんあります。なので、僕個人としては、正直、それだけで満足しているところもあったんです。今回、映画が評価されたというのは、撮影の中でキャストとスタッフが現場で作り出した「何か」があってこそでしょう。その「何か」の部分については、僕はタッチしていないのでほとんどわからないし、言うことがない。ホントに「おめでとうございます!」くらいしか言えないです(笑)。

──僕もこの場を借りて「おめでとう」を伝えたいですね。3人で書かれたことの良さはどこにあるでしょう?

先ほど、キャラクターとストーリーの拮抗、成立しそうにないところを成立させるのが面白いとお話しましたが、自分だけでは、どう収めたらいいかわからないキャラクターが出てきたりする。それをさらに超えてゆくキャラクターなどは、1人では作れないですよね。1人で書いてしまう豪腕を持った人もいるんでしょうけど、それよりは、「3人寄らば文殊の知恵」ではないですが、3人で書いたほうがうまくいくんじゃないでしょうか。『ハッピーアワー』は3人で書いた結果、5時間を越えてしまいましたが(笑)。

──今年2月に編集ラッシュ版を拝見しました。これはどうしても5時間を越えざるを得ない映画というか……(笑)。

長くなった原因について、いま検証しているんですけどね(笑)。決定稿を読むだけでなく、どういう過程で作ったら長くなったのか、同じ密度でたとえば2時間の映画が出来るならどんなものが可能なのか? それを再検証しようと、当時のメモや写真を引っ張り出しています。

──あくまで一観客の視点ですが、編集で切れそうなところを見つけるのが難しい印象を受けました。

キッチリとした三幕構成を採っていて、シナリオ自体、非常にバランスが取れているんですよ。もちろん冗長な部分というのはあるにはあるんですが、それはこの映画にとって必要な冗長さというか。伏線も万遍なく張り巡らせていて、人間関係の拮抗もある。手前味噌になってしまいますが、3人で何度も検討しただけあって、構成は本当にしっかりしていて……、だから切るところがない(笑)。というかむしろ、よく5時間17分で収めたなと思うくらいです。もっと長くなってもおかしくない。バランスが取れているからこそ、5時間17分になってしまった。それを短くしても「減った感じ」しかしないというのか(笑)、最初から「長くなることでしか良くならない」ものを想定していたのかもしれない、つまり継ぎ足せば継ぎ足すほど強度が増すものを、そもそもシナリオの設計理念としていたのかもしれない。最近そう思いますが、そこはまだわからないですね。最初にプロットを書いてそれを構成に起こして線的にシーンを織り上げていくというのが、この場合は有効だったのか、もし別の方法があるとしたらどんな方法があるのか、などなど、色々と検証しています。

──出演者はワークショップに参加された方たちですよね。その人たちをよく見続けて、シナリオの改稿や追加撮影を積み重ねれば、長くなるのも必然かなと思ったのですが。

そうですね。それは大いにあると思います。それぞれキャラクターの一部始終がわかるように全部書いていくという。これは直接聞いたわけではないので僕の憶測なんですが、起こることの一部始終をシーン毎に立ち上げていくという意味で、おそらく濱口さんは『ションベン・ライダー』(1983/監督・相米慎二/脚本・西岡琢也)の影響を受けていると思います。プロデューサー・伊地智啓さんのインタビュー(伊地智啓著『映画の荒野を走れ』/インスクリプト、2015)で──これは濱口さんも取材に参加されてるんですけど──伊地智さんが『ションベン・ライダー』のときに分厚い決定稿でOK出して、スタッフが困惑したっていうエピソードが出てくるんです。で、『ハッピーアワー』の決定稿をまとめて刷ることがあったんですけど、それこそ電話帳みたいにものすごく分厚くて、共同脚本の僕自身が困惑した(笑)。そのときに「そうか、これは『ションベン・ライダー』なんだ」と自分を納得させました(笑)。

──その「電話帳」も見てみたいです(笑)。

「電話帳」の件も含めてなんですけど、野原さんの脚本に関する突っ込んだ話を一度聞いてみたいとも思いますね。

──神戸でそういう機会はなかったんですか?

いや、濱口さんと3人でいろいろと話していたので基本的なことは知っているんですが、それとは別に、野原さんが脚本についてインタビューに答えているのを読んでみたいということなんです。濱口さんが脚本家としてもすごいことは以前からわかっていましたが、野原さんがこれまたすごくてビックリしました。しかもその「すごさ」の種類が濱口さんとは全然違うんですよ。

──では、このインタビューはリレー形式で次は野原さんに……という構想を温めるとして(笑)、草野なつか監督と脚本を共同執筆した『螺旋銀河』の劇場公開も決まりましたね。

螺旋銀河

螺旋銀河

『螺旋銀河』は、いま思うとすごく懐かしい映画ですね。書いてからもう2年ほど経つでしょうか。当時は神戸にいましたが、現在は東京にいる。思い返すと、とても幸運なことに場所に救われました。行き詰るとシナリオに必要な場所があらわれた。ドラマのなかでコインランドリーが重要な場所のひとつになっていますが、あそこもシナリオが行き詰まったときに見つかりました。あとは屋上もそうですね。主役のふたりの女性が初めて心を交し合う会話をおこなう場所。「この会話はどこでしたらいいんだろう」と悩んでいるときに、統括プロデューサーの城内政芳さんがいい屋上を見つけてくれたんです。そういうふうに行き詰まると場所に恵まれて、なんとかシナリオが出来上がったところがあります。だから、『螺旋銀河』は風景が陰の主役になっていますね。当時神戸に住んでいて、阪急や阪神電車に乗って大阪、京都を行き来していたことが活きたかなとも思います。

──カラフルなコインランドリーは目を惹きますが、あの場所を見つけるのに苦労されたのでは?

あそこは、シナリオのハコ(構成)を立てているときに見つけました。CO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪。『螺旋銀河』は第10回CO2助成作品)事務局がある中崎町のプラネット・プラス・ワンの近くなんです。プラネットで書いていて、近くに新しいコンビニが出来たと聞いて行ってみたら、その途中にコインランドリーがありました。「セットみたいだな」と思っていると、草野さんも気にしていたようで、「この感じはいいよね」とふたりで見に行ったんです。

──あれはどこにあるんだろうと思っていたんです。その草野監督との共同脚本執筆は、どのように進められたのでしょうか。

劇中劇としてラジオドラマがある構成で、まず僕が書くかたちで進めたんですね。それで第一稿を上げたんですが、ラジオドラマパートがどうも膨らまなかった。すんなり行き過ぎている感じがあったので、やり方を変えてみました。脚本全体としては草野さんの原案をふたりで構成して僕が本稿を書いていましたが、ラジオドラマパートはその役割を逆にして、ラジオドラマの原案・構成を僕がやって、それを監督に本稿に起こしてもらった。CO2の方からは「往復書簡みたいだね」と言われましたが、そのような方法が成功したかなと思っています。言葉の使い方やセリフの出し方は人によって違うし、リズムも本編と劇中劇とでは変わっていますね。

──ラジオドラマのシーンによくあらあわれている「声を生かす」ということも最初から考えておられましたか?

ラジオドラマを主要なモチーフにした時点で、朗読する声を確かなものとして出さないといけなかった。そのシーンは終盤にありますが、そこをどうやって一番いいものにするかがシナリオ、そして劇を創造する上での目標でした。僕が観た限りでは、朗読シーンで主演のふたりが最もよく反応し合えていた。草野さんの演出の腕の見せどころでしたが、信頼できましたね。画面のふたりを観て、いいなと思えました

──あのシーンは身振りでなく、ほとんど言葉と声のみでふたりが交感していますよね。
関西ではシネ・リーブル梅田に続いて京都・立誠シネマプロジェクトでの公開も発表され、非常に楽しみです。では最後に「今後書いてみたい脚本」をおきかせください。

書きたい脚本。なんだろうなあ……。思い返してみれば『不気味なものの肌に触れる』(2013/監督・濱口竜介)から『ハッピーアワー』まで、全部誰かが考えた企画なりプロットなりの土台があって、それに巻き込まれる形で参加してるんですよね。まあ、もともと他力本願な性格なのでこれからもどんどん巻き込まれていくつもりなんですけど(笑)。それはともかく、いままで書いた脚本がたまたま映画になるという運の良さがあったせいで、あまり自分の書きたい脚本について考えてこなかった気がしますね。でも、これまで参加してきた脚本が「書きたい脚本」じゃなかったかというと、全然そんなことないんですよ。話をもらったときに、「ああ、書きたいなコレ」と直感的に思ったものばかりなんで。だからまあ、「出会ったものが書きたい脚本」ってことでしょうか?……でも、ということは、僕は脚本に対して「偶然の出会い」を求めてるってことになるかもしれない。それって、ものすごく大袈裟に言うと「偶然の出会いに賭けている」わけです。もしかしたら、いま一番それについて書きたいかもしれません。つまり「偶然の出会いに賭ける」ことについて、ですね。

 

(2015年8月)
取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地

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