ラジオ関西「シネマキネマ」インタビューWEBSPECIAL / CinemaKinema

『ハッピーアワー』 濱口竜介監督インタビュー

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濱口竜介がつくり上げた「神戸の映画」、『ハッピーアワー』が元町映画館、東京ではシアター・イメージフォーラムで公開中だ。即興演技ワークショップからはじまり、クラウドファンディングや海外映画祭での相次ぐ受賞に続き、公開後も多くの話題を呼ぶ本作は、濱口竜介の集大成的な要素と新味とをあわせ持つ。作品を形づくるセリフやカメラのことを中心にインタビューをおこなった。

 

──編集ラッシュ版の上映から約10ヶ月を経ての劇場公開です。5時間17分版になるまでの経緯をお話しいただけますか?

今年2月にデザイン・クリエイティブセンター神戸で、5時間36分の編集ラッシュ版の上映をおこないました。そこでプロデューサーは初めて全部を通して見て、「こういうことになっているのか」と把握してくれた。そのあと皆で「これを短くできるのか」と考えたわけですが、3時間20分版や3時間50分版などもつくってはいました。しかし、結局は5時間36分版のほうが単純に面白く、これが基本的に映画にとって最良の形だろうということを全員で受け入れました。ただ、「さすがにここは短くできる」という部分を切り詰めて、最終的に5時間17分の完成尺になったんです。

──編集ラッシュ版上映のアフタートークでは濱口監督から、「仮に3時間にしても、それはそれで映画が別の重さを持ってしまう」という旨の発言があったかと思います。遡ってその半年ほど前、2014年9月に放送用にお話を伺ったときは、まだシナリオの改稿をおこなわれていましたね。

その頃は改稿の真っ只中でしたね。改稿はずっと繰り返していて、さらにその前、ワークショップの成果発表の公開本読みをおこなったときは、映画はまだ『BRIDES(仮)』というタイトルでした。2014年2月のその時点で第2稿。初稿を本読み用に、ある程度ダレずに聞けるように直した第2稿が、『BRIDES(仮)』の原型に近い形でした。

──それから、どのように改稿を進めていったのでしょうか。

Happy_Hour_still5まず2014年5月に第3稿で撮影をスタートしました。共同脚本の高橋知由君がインタビューで、「自分は脚本を分析してフィードバックするような役割だ」と話していましたが、第3稿に対して「第2稿よりつまらなくなっている」という提言がありました。それは認めざるを得なかった。なぜなら第2稿にあったドラマチックな展開は、演技経験を持たない人には演じられないのではないかという疑問を抱かせるものだったからです。ワークショップ参加者たちが演じている姿や、現場でOK/NGを出す人間として、僕が自信を持ってOKを出している姿を想像できなかったんです。「これを撮るのは難しいのではないか」という感触があった。そこで、人物描写やセリフをより日常的なものにした第3稿を書いて撮影に臨みましたが、ドラマチックな部分を削ぎ落としているので、やはり面白くない。それは大問題でもあるわけです。演者たちにとって、これからつくられる映画が面白くなりそうかどうかは間違いなくモチベーションに関わりますよね。だからその事実は素直に受け入れられた。ならば(脚本を)変えなければいけないと。そこから地獄の改稿作業が始まりました。8ヶ月の撮影期間のなかで、第7稿が最終稿になりましたが、第6稿まではかなり大幅な改稿を重ねました。

──その過程も教えていただけますか?

5月に撮影を始めてすぐに改稿して、それから第4稿を野原君・高橋君に出してもらいました。でも「これもちょっと違うな」といった感じで、僕が主導で第5稿をつくって出して、それをもとに6月から8月にかけて撮影しました。そうして映画の中盤までのシーンをある程度撮ったんですが、ラストの展開にもいまひとつ自信を持てなかった。「こんなことが起きるんだろうか?」と感じてしまうし、やはり第2稿くらいまでにあった爆発力を持ち切れていない。ラストに向けて、8月までの撮影で得た感触を踏まえた修正と改稿が必要となりました。そこではふたつのことを同時におこなわないといけなかった。ひとつは語りたいドラマを語ること。もうひとつは、「演者が口にできないだろう」と思わないセリフを書いていくことですね。

──「これなら言える」とイメージできるセリフですね。

ええ。演者たちの普段の姿を見て、「こんなことは絶対に言わない」と思う言葉は排除していく。でも、「言ったことはないけれど、言えるかもしれない」という領域のセリフもあるわけですよね。それを書き込んでドラマを語っていくという形で、大枠となる第6稿が8月末~9月の頭ごろに出来上がった。第7稿と呼んでいるのは、撮影の1~2週間前にアップデートするというのか、いまもお話ししたような具体的な演技の感触や、撮影状況を前提に微調整を加えたものでした。大きくは変わらないけど、シーンを撮っていくたびに変えていくようなスタイルで最終的にまとめ上げたのが第7稿です。

──そのようなシナリオのつくり方は、過去にはなかったものでしょうか。

Happy_Hour_still7今回は『何食わぬ顔』(2003)を撮っていた頃の感覚に近くて、あの作品は演技経験のない友人たちに出演してもらいました。彼らが「こんなことは言わないだろう」ということは脚本に書かかないようにしていました。それが『PASSIION』(2008)では職業俳優の人たちと全面的に一緒にできることになり、「あのセリフもこのセリフも言ってもらえるんだ」という、ある種の解放感とともにセリフを書いていた。本作の制作当初のスタンスは、『何食わぬ顔』に近いんです。「言えないようなセリフを書かずにドラマをどう構成していくか」という問題がまずあった。しかし進行するにつれて、ドラマを進めるようなセリフを皆が口にすると、「案外言えるんだ」という手応えをつかめるようになりました。演技経験が無いとはいえ、2~3ヶ月も撮影していれば「経験がある」と言うこともできる。「あれもこれも言えるのかもしれない」という感触もまた得て、後半に向かってドラマを飛躍させるセリフがだんだん書き込まれるようになっていきました。

──高橋知由さん、野原位さんとの「はたのこうぼう」による脚本の共同執筆は、どのような役割分担でしたか?

分業体制を大雑把に言えば、まず野原君が先鞭をつける。初稿や第2稿のかなりの部分は彼が書いています。次に僕は現場でOK/NGを出す人間として、「そうはならないんじゃないか、そのようにはできないのではないか」とふるいにかけて直す。最終的にそれを読んだ高橋君が分析し、フィードバックしていく。これがおおまかな分担でした。そのなかで、野原君はドラマをすごく遠くまで運んで行ってくれた。映画がドラマチックなものに発展していく上で、大きな役割を果たしているのが野原君だったという気がしています。

──有馬のバスのシーンの会話は、どこか『Friend of the Night』(2005)も思い起こさせます。「これは濱口さんが書かれたセリフだ」と推測したのですが、いかがでしょう?

情報としてお伝えするとですね……、あそこで滝野葉子という女の子が語る、三重の果樹園のエピソードなどは野原君がほぼ全部書いているんですよ。

──読みが大きく外れていました……。やはり野原さんにもお話を訊かないといけないですね(笑)。高橋さんは、「3人で書くことで、ひとりでは生み出せないキャラクターが出てくる」とおっしゃっていました。濱口監督が考える共同執筆の良さは?

3人いることが、自然と言葉にやすりをかけていくような作業になっていましたね。ある言葉が残るか残らないかに関して、じっくりと吟味されている。でも(言葉が)多いですよね。やすりをかけた割に、随分ファットな映画になっているとも思うんですが(笑)。

──研ぎ澄まされた上、骨太になっていますよね(笑)。濱口監督作品の「言葉の映画」という特性は、本作でより洗練された印象を受けます。

「言葉の映画」になるのは、僕なりの「どうやって演者にカメラの前にいてもらうか」という方法につながっています。あるとき、『PASSION』に出てくれた岡部尚さんが「セリフがあるのはありがたいことだよ。目立つかどうかじゃなく、あるとそこにいていいと思える」と言ってくれて、いまでも「そうなのか」と思うんです。「セリフがなければ自由なのかもしれないけど、あることで自分の役割がはっきりして安心する」というようなことを話していたのが、僕のなかにすごく残っています。セリフがあることで、演じる人がその場にいるのを助けることができる。だからむしろ、カメラの前に居続けてもらうために、これだけの言葉を使ったと言えるかもしれないですね。

──物語の原型はどこから生まれたのでしょうか。

ワークショップをおこなっているあいだに、脚本のアイデアを作って形にしないといけなかった。その段階で僕がスタッフに、「何か面白い話を知りませんか?」と訊いたんです。するとそのなかのひとりが、既婚の看護師女性から、夜の酒場で肉体的接触を伴う誘惑を受けたという話を聞きました。スタッフの彼はそこから逃げ出していて、それはそこだけ取り出せば滑稽な話でしたが、そのときは「なぜ彼女はそんなことをするのか」というのは単純に引っ掛かりました。一方で、ワークショップには30代後半の女性が4人いました。彼女たちの話をつくり得るなという発想が生まれた。さらに僕の頭にあったのが、ジョン・カサヴェテスの『ハズバンズ』(1970)。映画をつくるときの元ネタナンバーワンですね(笑)。『何食わぬ顔』や『PASSION』も、どこかしら原型にしているところがある。今回も物語の原型に使えるのではないかと思ったんです。『ハズバンズ』の構造──4人組がひとりを失い、ほかの3人が精神的な彷徨いを体験する──を使えるのではないかと。それらがつながって、30代後半の女性たちのなかに抑圧されてしまった感情はどうやったら浮き出てくるのかを考えようしたのが脚本の発端でした。

──4人のキャラクター付けはどのように?

Happy_Hour_still10キャラクターの付け方は、いつもすごく単純なものから始まります。4人でなく3人の場合は特に付けやすくて、簡単に言えば「仁智勇」ですね。『カラマーゾフの兄弟』を例に出すとわかりやすいかもしれません。いわゆる乱暴者の長男、ものすごく賢い次男、心優しい三男という割り振りですね。本作もそのような分け方がベースになっています。この役は誰にしようか、消えてしまう役は誰にしようかと考えて、「話を進めてくれそうな、よくしゃべってくれる人にはこの役をお願いしよう」という具合に役を割り振っていきました。ただ、ドラマのキャラクターと演者自身のあいだには絶対にねじれが存在するし、ひとりのキャラクターのなかに、いま挙げたような三つの要素も当然混在しているので、それがだんだん混濁していきますが、物語を立ち上げる時点ではいつもだいたいそういう分け方をしています。

──その登場人物たちを捉えるカメラのあり方が、これまでの作品とは違うと感じました。

ある意味、本作で初めてカメラと演技との調和を目指したからだと思います。『PASSION』以前、つまり『SOLARIIS』(2007)──いまはほとんど見る機会のない作品ですが──の頃は、カメラポジションに対する大きなこだわりがありました。「あるショットのあとには、このような形でショットが続かなければならない」という考えに基づいて映画をつくっていた。それは当然、役者の演技を抑制するものでもあります。そこでは出てきて欲しいものまで押さえつけられるような感触があった。それで『PASSION』以降は、ポジションの優先順位を下げたんです。代わりに優先順位の頂点に立ったのが「演技」もしくは「役者」です。自分は演技のことはよくわからないけれど、演技もしくは役者に従うものとしてカメラを設定してみる。それが『PASSION』から『親密さ』(2012)に至るまでのあいだに劇映画で取り組んでいたことです。演技が何であるかとは難しい問題ですが、やはり『親密さ』までは、「何かが起きている瞬間」を立ち上げることを最優先していたし、そこにカメラが間に合わなくてもしようがないとも考えていました。そのことで得た手応えもまた大きかった。しかし本作を撮るにあたっての自分の大きなテーマは、「演じることとカメラをどう調和させていくのか」ということでした。理想としては、カサヴェテスの演技を小津安二郎のカメラポジションで切り取ることができるならどんなにいいか。しかしそれはほぼ無理だ、と。役者が自由になるならば、役者は究極的にはカメラの前にいるとは限らないからです。とすれば、一体どうやって方法にしていくか? その模索が、本作のドキュメンタリー的なものとフィクショナルなものとの揺らぎに結びついているように思えます。

──『KIITOアーティスト・イン・レジデンス2013濱口竜介 ドキュメントブック』にも、カサヴェテスの言葉が引用されていますね。

「私は誰にでもいい演技をさせられるという自信がある。というのも自分の持っている何かを表現したり、人とやり取りしたりすることが演技だと考えているからだ」。なんてシンプルな言葉だろうと思いますが、ほかにも「誰にでも演技はできると思っている」ということを繰り返し『ジョン・カサヴェテスは語る』(2000、ビターズ・エンド)で話しています。自分が持っている、性格上好きになれない点やおかしたミス、その記憶などのすべてが財産なんだと。そういう弱さや恥を隠さなくてもいい環境を周りが整えられれば、誰でも演技ができる方法をつくれる、誰でも人の心を動かす演技に辿り着くことができるんだという主旨のことを言っています。僕はまだそこまで達していないけど、その言葉は本当のことで、演技の上手い下手を問うのではなく、「ただ単にそこにいる」ことは誰でもできると思うんです。

──それをうつし撮るカメラに関してですが、『親密さ』の頃と変わったのは具体的にどんなことでしょう?

『親密さ』の舞台劇の場面だと、4台のカメラで4テイク撮ったので16ポジションあったことになります。16ポジションが限界でもあったんですけど、稽古は何度もしているので、どこで何が起きるかは決まっている。それをどう撮るかという配置でした。反対に第一部は、その場で同時に決まっていく。つまり追いかける形。第二部は待ち構える形でしたね。しかし本作では、事前にカット割りすることは非常に少なかったんです。その場でリハーサルして動きをつくって、それに対してカットを割っていく。演技に即して適切なカメラポジションを決定していく。そういうことができるくらいの地力が付いたんじゃないかと思います。ある場で動きを見て、それに対する適切なポジションにカメラを置く。もちろん模範とするものはありますが、結構柔軟に決められるようになりました。

──神戸の風景を活かしたシーンが多いですね。第2部で、純がフェリーに乗って港を出ていく場面はどのように撮られたのでしょうか?

Happy_Hour_still3あのシーンは一回きりしか撮れなかったので、どこにカメラを置くかはあらかじめ決めていました。東北記録映画三部作でやったように斜向かいに置く。そこで純はカメラを見ているし、港にいる少年もカメラを見ていて、お互い手を振り合って別れていく。このシーンを撮るときには、少しずらした位置で演技をしてもらう必要があるので、そのポジションは最初に出しました。ただ、フェリーの画というのは偶然撮れたものでもあるんです。純がカートを引いていく後ろ姿の画がありますよね。

──予告編にも使われているものですね。

あそこは普段コンテナが一杯なんですよ。ロケハンというか、事前に一度フェリーに乗ってみたときにはコンテナがずらっと並んでいました。でも撮影日はちょうど休日だったのか、コンテナが無くなっていた。「じゃあここに来てもらえますか?」と純役の川村さんに歩いてもらって、撮影できる1時間ほどのあいだにポジションを探したのかな。そのときは3カメで1台は陸に、2台は船に置いてたんですが、Bカメラマンの飯岡幸子さんが「何だか今日は3回くらいエンドクレジットが流れた気がする。そういう画を撮ってしまった」と言っていて、あとで素材を見たときにその意味がわかりました(笑)。

──その言葉も頷ける、「ここで終わってもいい」とすら思ってしまうシーンです(笑)。第3部にはタイム感の見事な電車の乗降場面があります。

あのシーンも撮影に時間制限があったので、ある程度カット割りは出しています。実際思うようにいかないことも多くて、すべてアクシデントとして撮られている……と言うと言い過ぎですけど、許可を得て駅のホームにレールを敷きました。しかしその前に、ワークショップをおこなったデザイン・クリエイティブセンター神戸で、ラース・フォン・トリアーの『ドッグヴィル』(2003)のように(笑)テープで床を区切った空間を電車と駅ホームと仮定して、駅で録音してきたアナウンスをかけながら演者たちに「このタイミングで乗ってください」と動きをすべて身体に入れてもらっていました。指示が無くても何度でもその動きを繰り返せるようにしてもらった上で、カメラマンには──絶対に撮らないといけない移動ショットもありますが──そのときどきに撮れるものを撮ってもらっていました。

──そのリハーサル方法からも、本作が「常軌を逸した映画」であることを痛感します(笑)。ポスターやチラシのヴィジュアルにも使われている、摩耶ケーブル線のオープニングシーンについてもおきかせ下さい。摩耶に決めた理由は?

Happy_Hour_still2摩耶だけでなく、六甲ケーブルも見てみたんですが、ファーストシーンも改稿のなかで何度も変わっているんですね。摩耶が候補に挙がったのは、それこそ第6稿を出した時期だったかな。最初は有馬温泉という構想だったんです。そこで物語が始まり、4人が足湯に浸かって「また来ようね」という会話が交わされる。そんなイメージでしたが、雨で撮れなくて、もう一度有馬に行くスケジュールが組めなかった。そこで急遽、代わりになる場所のロケハンを三宮周辺でしたんです。結果、摩耶ケーブルと六甲ケーブルに絞られましたが、六甲のほうは吹きさらしというか、車内横の壁が無い。それはそれで良かったんですが、雨のときどうするんだとか撮影の上で不安も残るので、最終的に摩耶ケーブルが残りました。すると撮影で何度か行き帰りしているうちに、「このトンネルはきっと使える。オープニングショットに成り得る」と思ったんです。トンネルを抜けてゆく4人の女性がいて、ケーブルカーは山上へ向かって進む。ただ、座席の向きは街の風景が見えるように後ろ向きなんですよね。だから車内からトンネルに向けてカメラを置いて、それを抜けて明るくなったときに4人の顔がふわっと浮かび上がる。とても象徴的なシーンのように思えたんです。彼女たちの少し高い視線から神戸の街が示されるということでオープニングシーンになりました。続くシーンでは雨が降っていますが、本当に山上へ上がったら雨だったんです(笑)。

──そんな躓きがあったとは(笑)。

「晴れてるね」「神戸がよく見える」というような、晴天を想定したセリフを用意して行ったんですが、強い雨が降っているので書き直して、「視界が遮られて神戸の街が見えない。なんだか私たちの未来みたいね」といったセリフにしました。「適当に書いた」と言うと語弊がありますけど(笑)、結果としては非常に含蓄のあるセリフになってくれたと思います。

──『BRIDES』という仮タイトルから『ハッピーアワー』に変更した経緯も伺えますか? これまでの監督作とは異なる印象を抱かせる響きです。

4人の女性を扱う、それから『ハズバンズ』の裏面の意味も込めて、ずっと『BRIDES』という仮タイトルでした。「かつての花嫁たち」というある種の皮肉めいたタイトルでもあった。でも気取りが見えてしまうところもあり、どうも違うなと。そんななか、撮影がほぼ終わって編集に入る頃に、「HAPPY HOUR」という看板を見つけて「これだ」と思ったんです。そう思ったポイントは、純が不思議な身体ワークショップに参加したあと、フィードバックで「幸せな時間でした」と口にする。あれは純を演じた川村りらさん自身から即興で出てきたセリフです。そのときは「そうか」と思っていたんですが、第3部に新人小説家の朗読会のシーンがあって、そのトークショーに純の夫だった男性が登壇することになります。そこで彼が「幸せな時間でした」と言う。これは川村さんの言葉を受けて書いたセリフです。「HAPPY HOUR」と書かれた看板を見たときに、そのことを思い出して、「あ、これはいけるかもしれない。これなら極めて長くなろうとしているこの映画が肯定されるかもしれない」と思って採用したんです。ちょっとバカっぽいというか、ファニーなところも気に入った。そのファニーな響きが、映画が進行するに従って皮肉な働きをするのも好みである。この作品をハッピーエンドだと捉えてくださる観客は少ないと思うんですが、ラストをアンハッピーエンドと思わせない力をタイトルが持ち得るんじゃないかとも考えて選びました。

──そのワークショップと朗読会のシーンは作品のなかで独特な時間性を帯びているように思えます。「ダイジェスト」ではない見せ方になっているというのでしょか。

実のところ、ワークショップや朗読会はダイジェストかどうかで言えば、かなりダイジェストなんです(笑)。ワークショップは一日中やっていたので、その時間を「これだけ短くした」という気持ちのほうが強い。ひとつの流れとして見られるようにした結果、ワークショップのシーンは30分を越えました。ただ、ダイジェストでしかないけれど、アンチ・ダイジェスト的な思考もあって、それはこの映画全編を貫いているものでもあります。あるシーンを撮るにあたって、移動の時間も含めて、始まりと終わりをかなり見せている。ただし、単に頭から終わりまでを見せることが目的化すると、変にコンセプチュアルになってしまう。物語との駆け引きやせめぎ合いもあるので、ダイジェスト化して引き抜いてはいます。けれども、基本的にはほとんどのシーンで、ある時間を通過する、くぐり抜ける体験をするというのがこの映画なんです。

──ワークショップと朗読会のシーンが異質に見えるとすれば……

むしろ、それらのシーンが浮き上がって見えるのはなぜなんだろうと思っています。「他のシーンと同じようにやろうとしているだけなんだけどな」と思うんですが、どうしてそう見えるのかを考えたとき、ひとつには、皆がメインキャラクターだと考えている人物からカメラがどんどん外れていくからではないか。それと、単純にその場にいる人数が多いことも関係している。たとえば2人や3人であれば、ある出来事に対して誰がリアクションを取るのかは定めやすいわけですよね。リアクションを取る人がはっきりわかっていれば、1台か2台のカメラで捉えることができる。それが30人、40人といれば、一体誰がどこでどのように反応するかわからない状況が生まれます。となると、カメラはそれをすべて捉えることはできずに遅れてしまったような反応をすることになる。それがドキュメンタリー的な時間につながるし、自分が培ってきた感覚に基づくなら、どこか納得のいかないフレーミングやレンズの選択をしなければいけない。でも、そのようにしか撮りようがない。それらのことが、ワークショップや朗読会のシーンをドキュメンタリーのように見せているんだろうとは思います。

──特別にアプローチを変えたということではないんですね。

やろうとしていたことはひとつなんです。ある脚本があって、それを演じる人を撮る。そしてできる限り、ある言葉が発せられたり、出来事が起きたときのリアクション、それ自体を出来事として捉えようとしている。本作全編を通じてなされているのは、そのトライの繰り返しと言えます。

──その試みからは、ただならぬ粘り強さを感じます。「撮ること」のモチベーションは何だったのでしょう?

Happy_Hour_still6ごくシンプルなモチベーションは、やっぱり先ほどお話ししたことだと思います。「カメラと演技の調和を発見したい」。それはこれまで撮った映画とは違うステージの映画を撮りたいということでもあります。そのとき頭に浮かんでいたのは、溝口健二監督なんですよね。2006年に没後50年記念国際シンポジウム(『MIZOGUCHI 2006』)が開催されたとき、阿部和重さんが「溝口のカメラは逃げ去る女優を執拗に追う」というようなことをおっしゃっていました。本作でもカットは割っていますが、思いとしてはそれに近いですね。「どこに行こうとお前の前にカメラがある」という状況をつくろうとしていたし、そのような執念を持とうとしていました。それは皆さんの助けによって全面に出さずとも、ある程度時間をかけてつくり出せるようになっていましたが、根底にあるのは、そういう執念深さだったと思います。ただ、女性の映画を撮る、というのはそういうことなんじゃないでしょうか。溝口だけでなく、増村も、成瀬も、小津も、逃げ去る女性の「顔」を捉え続けようと腐心しているように見えます。やっぱり対象が男性だったら、果たしてここまで「顔」にこだわっただろうか、とは自問してしまいます。演じた女性たちが、最終的にこの映画を撮るモチベーションをくれたんではないか、と今は思いますね。

(2015年11月21日 神戸映画資料館にて)
取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地

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