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『クリーピー 偽りの隣人』 黒沢清監督インタビュー

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©2016「クリーピー」製作委員会

前川裕の同名小説を映画化した黒沢清監督の新作『クリーピー 偽りの隣人』(6月18日全国公開)。西島秀俊が演じる犯罪心理学者が解き明かす2つの謎を軸に展開する物語では、俳優陣だけでなく、風景や建築物もまた画面の強度を高めている。上映時間2時間10分。ざわめきが連鎖するサイコ・スリラーを支える、それらの要素を中心に監督にお話しいただいた。

 

──「クリーピー」という単語が持つ意味は、「ぞっと身の毛がよだつような、気味が悪い」。これは監督が撮ってこられた映画の感触のようでもあります。

それはありがたいやら何やらですが、原作がこのタイトルなので、そのままになっています。日本ではあまり知られていませんけど、むかしからアメリカに『CREEPY』という怪奇・ホラー漫画雑誌がありますよね。それをもとにした、『クリープショー』(1982)という映画もつくられた。だからアメリカの人は「クリーピー」と聞くと、ホラー漫画雑誌を思い浮かべるのかなという気がしています。日本だと何のことか、ちょっとわからないですよね。

──先日おこなわれた、『SHARING』(2014)の篠崎誠監督とのトークでは、本作を「娯楽映画」と断言しておられたとか。

creepy06ええ、言い切っています(笑)。最近、都合がいいので僕は「娯楽映画」という言葉をよく使います。「それってどういう意味ですか?」という問いに、なかなかうまく答えられないのですが、「商業映画」とも少しニュアンスが違う。映画を見て、そこから色々な意味を汲み取ったり、思考が発展することがあってもいい。でも何はともあれ、2時間の作品なら2時間、目を釘付けにされ、スクリーンの向こうで起こっている出来事に心を奪われる。それが何だったのかは、あとで考えるとして、見ている最中はほとんど考える暇もなく見続けてしまう。そうして2時間が経ったというような経験をさせてくれるものを、一応「娯楽映画」と呼んでいます。映画には多くの形態があり、むかしから色々な映画を撮ってきたなかで、目指しているのはやはりそういう映画なのかなと最近ようやく気づきまして、「僕が撮っているのはすべて娯楽映画だ。今回ももちろんそうだ」と言うことにしています。

──仮に、『リアル 完全なる首長竜の日』(2013)以降の監督の娯楽映画の流れがあるとして、本作ではそれがさらに洗練された印象を受けます。取材にあたり、篠崎誠監督との共著『黒沢清の恐怖の映画史』(青土社、2003)も読み返したのですが、『エクソシスト3』(1990)について、「画面のなかで何かが起こるはずなんだと、目を皿のようにしてスクリーンをくまなく見てしまう」、「ホラーともサスペンスともアクションともちょっとずつどこかが違う『サイコ・スリラー』という分野に、何かどうも大いなる可能性が潜んでいるような気がする」と語っておられます。物語やスタイルは違えども、これは本作のことを言いあらわしていようにも思えます。

『エクソシスト3』ですか。そんな大傑作と比較されると恐縮ですが……、本作は特に派手なシーンが連続するわけではない。しかし「次に何が起こるのか、そしていま何が起こっているのか」ということに、なるべく集中して、のめり込んでもらえるように工夫してつくっています。

──建築家の鈴木了二さんが、ご著作『建築映画 マテリアル・サスペンス』(LIXIL出版、2013)で、監督の建築物へのアプローチや巧みな撮り方に言及なさっています。本作も登場人物に加えて、建築物の存在感がとても大きい。舞台となる住宅地はゆるやかな傾斜地にあり、その不安定さだけでも居心地の悪さを感じさせます。

©2016「クリーピー」製作委員会

©2016「クリーピー」製作委員会

原作もそうなっていて、それが原作に惹かれた大きな要因のひとつでもあります。物語のメインとなる舞台は、住宅地のいちばん片隅、都市と郊外の境目あたり。そこまで住宅地が続いていたのが、「その先はもうありません」というところに何か歪で、邪悪なものがひっそり潜んでいるというイメージには惹かれるものがありました。まさにそう見えるところが東京のあちこちにあるだろうと確信して色々ロケ場所を探してみると、実際はとても困難でした。傾斜地をあえて選んだわけではないですが、住宅があり、その先はないというか、樹が生えていたり、「もう人間の立ち入るところではない」という場所って、やっぱり自然に少し傾斜してるんですね。50年ほど前なら、もう少し平らな土地にだけ家が建っていたんでしょうけど、いまはゆるい傾斜ならそこにもどんどん建てていく。急な斜面になると建てられないということで、境目を探していくと、ある程度の斜面になってしまったようですね。そういうことなので、僕が狙ったわけではないんですけども。

──家の横が仮囲いで仕切られた空地になっているのも奇妙といえば奇妙で、『トウキョウソナタ』(2008)にもこのような空地がありました。

そうか……、それを持ち出すわけですね(笑)。いや、『トウキョウソナタ』も狙ったわけじゃないんですよ。あれも角、端っこですよね。かなり都心に近い場所でしたが、ロケハンしているときは普通に古い家が建ち並んでいて、そのいちばん端の家が面白いから「ここにしよう」と決めました。それで撮影当日に行くと、隣にあったはずの家が解体されて工事中になっていて唖然とした。まったくの偶然でしたが、今回も偶然なんです。まあでも、そうですね。そういう端っこや、境界線のようなところで好んでロケをしてきたのでしょう。やはりそのようなところは、急に取り壊されたり、あるとき急に新しくなっている。あるいは妙な斜面だったり、ちょっと変な土地だったりと、どこか普通ではない状態になっているんでしょうね。

──『トウキョウソナタ』のエピソードは、『建築映画 マテリアル・サスペンス』に収められた鈴木さんとの対談でも読むことができ、とても面白いですね。ほかにも普通のようで、「どこか普通ではない」場所がサスペンスを形成していますが、少女が6年前の事件を回想する大学のオフィスのような、研究室にも見えるスペースも不思議な空間です。

ええ(笑)。あれも大学のなかの一室という設定で、色々見て回ったんですけど、なにせ長いシーンなので、あまりにシンプルで小さな部屋だとやることがなくなってしまう。ある程度大きくて複雑な間取りの部屋で、なおかつ僕が要求したのは「窓があって、外の大学の様子が見えているところ」。しかしなかなかそう都合のいい部屋は見つからず、最終的に使ったあそこは部屋ではないんです(笑)。

──本来どんな場所なのでしょうか? 頭上に階段があります。

©2016「クリーピー」製作委員会

©2016「クリーピー」製作委員会

ロビーとも言えない、でもロビーに近い、ちょっとしたスペースです。少し仕切りを付けて、机を持ち込んで部屋という設定にしてあるんですね。変だけど階段もあります。でも、あそこまで外が見える必要はなくて……、見えるも何も「全面ガラス張りになってるよ。どうしよう」と最初は戸惑ったんですけどね。まあでも、「せっかくこんな奇妙な場所に行き着いてしまったから、ここで何かやってやろう」と思ってあの空間にしました(笑)。

──あのシーンは撮影と照明のコンビネーションも見事ですが、空間が放つ違和感がすごいですね(笑)。違和感ということでは、『リアル』公開時、丹生谷貴志さんにお話をうかがった際に、「黒沢さんの映画は、いつもひとり多過ぎるか少な過ぎる気がする。それを探してしまう」とおっしゃっていたんです。

なるほど、うまいこと言いますね。

──その一室の窓の外にいる学生のひとりが、しばらくカメラのほうを見つめます。あの奥からの動きも画面をざわめかせています。

たぶん彼は、こっちを見ているという認識はなかったと思うんです。ガラスに何か映っているのを見ている。外は太陽が照っているので、反射で大学のなかは見えないはずで、ガラスに映った何かを見ているのが、こっちを見つめているようになったんだろうと推測しています。エキストラの細かい動きはすべて助監督に任せました。だから僕も気にはなったんですけど、「まあそれもいいか」って(笑)。どうせ、ある種の狙いを持たせたエキストラなので。画面の手前でおこなわれている過去の物語とは基本的に関係ないというか、「奥の学生たちもゆるやかにではあるけど何かやろうとしている感じがベスト」と助監督にオーダーして、あとは任せたものですから、「たまにはこっちを向いてる奴がいてもいいか」と割り切って撮影を続行しました。

──エキストラがああいう動きを取った瞬間にカットをかける人もいると思いますが、黒沢監督の場合は……

いやいや、全然OKですね。急にこっちを向く人って、僕は好きなんです。

──以前、神戸市外国語大学へご講演で来られたときに丹生谷さんと、フェリーニの『サテリコン』(1969)でカメラを見つめる人のお話をされたと聞きました。

そう。フェリーニは一時、そういうことが好きで結構やってたんですよね。『サテリコン』、それから『フェリーニのローマ』(1972)。ドキュメンタリー風といえばドキュメンタリー風だけど、決してそうは撮っていない。カメラがレールでゆっくり動いていたりするとき、エキストラが突然、はっとレンズのほうを見るんですよね。あれが意外と好きで。それ以外にもね、時々あるんですよ。僕が大好きなのは、『ジョーズ』(1975)。ロバート・ショウが最初にあらわれて、「自分がサメを退治してきてやる」と言い、人々はその話を聞いている。すると、そのなかのひとりが突然カメラを見るんですよね。僕、大好きなんですよ、あれ。たぶん、エキストラの彼は間違えたと思うんです。狙いで見たんじゃなくて、ふっと振り返ったらカメラがあったので、いきなりレンズと目が合っちゃった。そんな感じ。スピルバーグは面白がってそれを使っているんですよね。突然こっちを見る人がひとりだけいるのって、なぜだかわかりませんけど、それこそ何か、「クリーピーな感じがする瞬間」ですよね。いま、うまくまとめましたね、僕(笑)。

──ありがとうございます(笑)。場所や風景にお話を戻すと、終盤の大きな展開のあとに登場人物たちが辿り着くラストのロケーション。あの殺風景をよく見つけて来られたなと思いました。肯定的な意味で、「どうしようもない場所」とでもいうような(笑)。

あれも意外と大変だったんですけど、あそこは本当に郊外の、町づくりに失敗したような──そう言うのは失礼ですが──「作ってはみましたが、さっぱりダメでした」というようなところですね。田舎とも言えない、都市と郊外があるとしたら、その中間に漠然と広がった失敗した地域というのか。そういう土地で、主人公たちはまた次へ向かって進もうとしているというラストにしたかったので、「どうでもいいような場所はどこかにないか」と探したら、ほんとにどうでもいい場所が見つかった。嬉しかったです(笑)。

──そこでのラストカットについてもおきかせください。最後の一枚画の有無で映画の印象がだいぶ変わると思うのですが、『恐怖の映画史』で「いくら状況が壊滅的であっても(…)モラリスティックな(…)啓蒙的でさえあるものを目指している」とお話しされています。本作のラストも、啓蒙的だと捉えられないでしょうか?

©2016「クリーピー」製作委員会

©2016「クリーピー」製作委員会

それはなかなか面白い、鋭い指摘だと思います。啓蒙的に撮ったというはっきりした記憶はなく、やはり狙ってはいませんが、問題の人物である彼──まあ悪人ですね──にどう決着を付けるのかは色々考えました。彼への決着の付け方を、映画の本当のラストに持ってこようというのは決めていましたね。啓蒙的かどうかはわからないけど、「埋葬した」という感じでしょうか。ただ、邪険に扱うつもりもなく、彼を丁寧に葬送するという気持ちはどこかにあったような気がします。

──そういうイメージで見ると、最後の最後まで楽しめるのではないかと思います。ところでここ数年、西島秀俊さんは家電のコマーシャルによく出演されていますよね。本作でも家にいる西島さんは家電に囲まれていて、映っているものはCMと同じなのに、これほどまでに違うものなのかと感じました。やはり違和感をまとっているというのか。

まあそれはね(笑)。たしかに家庭のなかで、西島さんというより竹内結子さんが操る家電に取り囲まれているんですが、ごく普通の生活を自然に描写しようとすると、ああいうふうになるということですね。そのなかにいる彼は、CMで見るのとは違う、何やら違和感があるかもしれませんね。

──廊下に洗濯機が置いてある古いアパートの対話シーンもいいですね。それから、竹内さんが部屋で掃除機をかけているシーン。その音でカットをつないでいるようにも見えたのですが……、吸引音はその後の物語で大きな役割を果たします。編集の際に、特に吸引音を意識されたのでしょうか?

音でそんな凝ったことをやったかしら……。空耳じゃないですか(笑)。吸引音を、のちのちの伏線として強調した記憶はないんですけどね。すみません、夢を砕くようで(笑)。

──いえ、もう一度よく見てみます(笑)。芦澤明子さんとのデジタル撮影は、『リアル』、『岸辺の旅』(2015)に続いて3作めです。本作ではいかがでしたか?

デジタルでやるのはもう仕方ないとして、今回、当初予定していなかったのは、真夏の撮影になったこと。撮影は去年の8月でした。場所が場所ですから、嫌でも緑が生い茂っているわけですね。かつそこに強い日光が当たっている。緑と強い日差しからは逃れられないので、それを完全に殺していく、なるべく緑と日差しとを感じさせない撮り方もなくはなかったけれど、「まあ、真夏に撮ることが運命づけられているなら、それを強調する撮り方にしましょう」ということにしました。あまり普通はやらないんですが。だから、僕がこれまで芦澤さんと組んだデジタルの作品のなかでは、色がいちばん鮮やかかもしれません。色彩の宿命というか、緑を出そうとすると、青も赤も出てくるんですよね。緑は青と赤の混合物なので。緑だけ強調して他を抑えるのってなかなか難しい。そのため他の色も若干鮮やかになりました。それはそれでよしとしつつも、「あまり暑苦しくはしない」と矛盾したことを芦澤さんにはお願いしました。

──雑草までもいい味を出している。色彩もみどころですね。今日はありがとうございました。

(2016年6月8日 大阪にて)
取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地

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映画『クリーピー 偽りの隣人』公式サイト | 2016 年6月18日(土)全国ロードショー
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