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『レミニセンティア』 井上雅貴監督インタビュー

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神戸映画資料館で4月14日(金)より上映されるロシアSF『レミニセンティア』。監督はこれが長編デビュー作となる兵庫県美方郡香美町出身の井上雅貴。脚本・撮影・編集も手がけた本作は、全編ロシアで撮られた野心作。人の記憶を消去できる能力を備えた小説家を主人公に据えた物語は、緻密な編集が施され、旧ソ連の風景も相まって独創的な雰囲気を醸している。師と呼べる映画作家たちとの交流も含めて、1977年生まれの監督にお話を伺った。

 

──初の長編作をロシアで撮るという大胆な発想は、どこから生まれたのでしょうか。

アレクサンドル・ソクーロフ監督の『太陽』(2005)に、日本人スタッフとして関わったことですね。そのときの監督やロシア人スタッフ──なかにはタルコフスキー監督のスタッフもいました──の考え方や、制作方法が面白いなと感じました。ずっと長編を撮りたいと考えていて、「ロシアで撮る日本人はいないだろう」と思い、大変でしたが撮ることを決意しました。

──『太陽』に参加することになった経緯も教えていただけますか?

キャスティング・プロデューサーが、メイキング監督と制作面でも色々こなせる人を探していたんです。その頃の私は、「ソクーロフの映画が大好きだ」と周りの映画スタッフたちによく言っていました。「若い人間でソクーロフを好きな奴は珍しい。せっかくなら、好きな人に参加してもらったほうがいいだろう」ということで選ばれました。

──ソクーロフ監督の現場では、どのようなものを得られたでしょう?

監督をはじめ、スタッフも哲学的な思考をする人が多かったですね。ひとつの描写に対しても議論を重ねる。それはやはり、映画制作を芸術のひとつだと考えているから。監督に言われたことをただやるのではなく、意味合いを考えた上で、意見を言い合える現場でした。日本の場合は監督がトップにいて、その指示のもとで動くことが多い。でもロシア人は、社会主義国家だったことも関係していると思いますが、撮影や照明スタッフはもちろん、掃除の女性までもが自分の意見を言うんですよ。「このシーンはよくないよね」と、監督の前で平気で言う(笑)。日本ではありえない体制ですが、監督も腹を立てるわけでもなく、「なるほど。そういう考え方もあるね」と色んな人の意見を聞く。「皆でいいものをつくっているのだから、意見を聞かないといけない」と考えている。その一体感や、皆でひとつの芸術作品をつくり上げるという志が非常に心地よく、感銘を受けました。

──国民性が、映画制作にも反映されているんですね。

remini.317w政治的なことは言いにくいところもありますが、そうでなければ、結構自由に発言しますね。映画だけでなく、バレエやオペラ、演劇などを観る文化も根付いている。それから気候の面で、夏はキャンプやピクニックを楽しめますが、冬はあまり外へ出られないので、劇場や映画館に通う習慣が定着している。だから一般の人でも文化レベルが高い。日本は情報が多くて、映画や演劇以外にも目を惹くものが街にいっぱいある。一方、ロシアの冬は寒くて外に出づらいので、時間をもて余しているというわけではないですが、逆にそのなかで芸術的なものを楽しむ余裕を持っていますね。

──そういう土壌でつくられた本作のタイトルについても教えていただけますか?

「レミニセンティア」とはロシア語で、ラテン語から派生した言葉です。ロシア人ならすぐに理解できる単語ですが、日本語に訳すと、「おぼろげに思い出す記憶たち」という意味合いでしょうか。簡単に言えば「追憶」。多くの記憶が頭のなかにふっと浮かび上がるようなイメージですね。それを意訳して、サブタイトル的に「記憶の万華鏡」と言っています。

──題材に「記憶」を選ばれた理由は?

remini.114wこのテーマなら、全世界の人がわかると思ったんです。ロシア人だけ、あるいは日本人だけというように、一部の地域にしか通じないテーマは避けようと考えました。そして、シナリオの上でも編集の上でも、自由に構成できる形にしています。主人公の記憶がどのようなものだったのか? 観た人がそれを想像できる幅を残した作品にしました。二度、さらに三度観ると、「記憶とはこういうものなんだ」とわかる伏線がたくさんあって、それを回収できる面白さも残した編集になっています。それも物語を記憶していないとわからない伏線なので、観る方の記憶を試すような複雑な編集ですね。

──細かく組まれた構成が、メインビジュアルにも使われているステンドグラスの持つイメージによく合っていると感じました。

この作品は、モスクワから約250キロ離れたヤロスラブリで撮影しました。日本人があまり見たことのない、旧ソ連の街並みが残っている街です。そこは、世界で初めて宇宙に行った女性宇宙飛行士のワレンチナ・テレシコワの出身地。彼女の記念館もあります。そこのステンドグラスが非常に綺麗で撮影させてもらったんですが、もともとシナリオには書いてないシーンで、現地に行って存在を知ったんです。映画をつくっていることを話すと、記念館のほうから「どうしてうちで撮らないの?」と声をかけてくれて。営業している時間でも撮影のために貸してくれました。これも日本ではありえないこと。
ロシア人は映画制作を大切なことだと捉えていて、「協力しないといけない」という気持ちがあるんですよね。日本だと借りにくい記念館や博物館も、簡単にとは言いませんが、借りることが出来た。本作のヴィジュアルを構成する上で大事なシーンを撮れて、すごくありがたかったですね。

──宇宙記念館や教会、古い工場などの佇まいもこの作品の個性ですね。

remini.263w本作は「ロシアSF」だと言っていますが、『スター・ウォーズ』のような未来的なSFではない。現代の話です。東欧にファンタスチカというジャンルがあって、それは非日常的な、たとえば超能力などをフィーチャーしたもので、ロシアでも小説や映画で人気があるんです。ロシアは社会的にも政治的にも色々なことがあった国なので、変化に強いというか、少し変わった話を好みます。それをヴィジュアル化する上で、テレシコワの宇宙記念館などでの撮影が説得力を持たせてくれました。非現実的な物語を普通に撮ると説得力が無いですが、旧ソ連の巨大なマンションや工場、不思議な建物が出てくることで現実味を持ちます。本作のシナリオを日本で撮って、説得力のある映画に出来るかと考えると、ちょっと自信がない。色々撮り方はあるだろうし、アニメーションならと思いますが、実写では成り立たないかもしれないですね。ロシアで撮ることで成立した物語だと思っています。

──監督は、撮影も兼ねておられます。映像に関しても伺いたいのですが、画づくりで特に意識されたことは?

複雑なシナリオをどう映像にするかは、かなり考えました。SFなので、現実ではなく「嘘」の物語です。その嘘をどこまで本当のように見せるか? 会話シーンではどっしり構えた画で、あまり動きを出さずに話に集中できるように。反対に動きのあるシーンは、手持ちでリズム感を出すようにメリハリを心がけました。あと本作は、一般的なロシア映画に比べてもカット数が多い。「長い時間を記憶できない」と何かの文献で読んだことがありますが、記憶は短い映像を組み合わせて、頭のなかに貯めることで形づくられる。それを体現するために、画ごとの時間を短くしています。短いカットの積み重ねで、どうすれば面白くできるのか。そこも意識しましたね。

──おっしゃる通り、記憶は断片的ですね。

短い時間しか覚えられなくて、しかも合っているかどうか不確かですよね。映像として残していれば思い出せますが、記憶だけだと自分の都合のいいように構成してしまう。同じ出来事でも、人によって意見が食い違ったりします。そういうところを映画でどのように表現するかは苦労したし、面白い点でもありましたね。

──頭のなかにあるものを描いているという部分で、デヴィッド・リンチの作品に近いムードもありますね。

「リンチみたいですね」と言われることは多いですね。『ロスト・ハイウェイ』(1997)や『マルホランド・ドライブ』(2001)は記憶の話ですし。「ちゃんと構成されたデヴィッド・リンチですね」と言われます(笑)。

──そのたとえは言い得て妙です(笑)。

そういうふうに面白く観てもらえるのなら嬉しいですね。あとは、タルコフスキーの『ストーカー』(1979)とか。

──特に水を使った画面からそれを感じました。

remini.601wやはり好きなので、オマージュとして入れた部分はあります。ただ、「なんとなく」ではなく意味を持たせるようにしています。タルコフスキーには「水=神」という発想があって、何かが起こるときには水が出てきますよね。本作では、噴水や車のフロントガラスを滴る水。現実ではありえない神がかった出来事のあとに、水のカットを入れてみました。

──それらはエピソードの間に挟まれていますが、単なるイメージショットという使い方ではないですね。

「いい画だから入れました」という感じではないですね。わかる人にはわかる、遊びの要素も映画には必要だと思うし、一度観るだけでなく、何度か観て「なるほどね」と思ってもらえる要素として、そういうものを出来るだけ多く入れました。その意味では、エンターテイメント作品なんです。

──作品解説に「哲学的」という単語があったり、内省的なモチーフを持つ作品ですが、難解なつくりではありません。大技の展開も見られます。

「哲学的な話ですね」と言われることも多くて、難しい話と思われているかもしれませんが、そうしたつもりや、文芸作品にしようという思いも無かったんです。「ロサンゼルスシネマフェスティバル・オブ・ハリウッド」という映画祭では長編グランプリを頂き、そのときはハリウッドなので、ゾンビ映画やギャング映画、さらにコメディもありました。ラブストーリーもあるなかで選ばれたのは、エンターテイメントとしての面白さを評価してもらえたからだと思っています。純粋にこの89分を楽しんでほしい思いでつくりました。そこに哲学的なテーマを入れたのは、やはりロシア文化への尊敬の念をあらわしたかったから。「哲学」と言っていいのかわかりませんが、自分なりの解釈で「記憶」をテーマに描きました。

──昔はどんな映画をご覧になっていたのでしょう?

いま39歳ですが、子供のころに観ていたのは、スピルバーグやルーカスなどのハリウッド映画。色んなジャンルがあって、とても面白かったですね。それをベースに、東京へ行ってからアート映画の魅力を学びました。文芸作品のような高尚なものをつくれればいいですが、ハリウッド映画で育ったせいもあり、楽しんでもらいたい思いが強いんです。そこに文芸作品のよいところを合わせたような映画を、これからもつくっていければいいなと思っています。

──過去には、石井岳龍監督が「石井聰亙」だった時代の『鏡心』(2005)などにも参加しておられますね。石井監督も、映画をそのように捉えているように思います。

そうですね。石井監督の多くの映画に携わらせてもらい、今でも交流がありますが、難解に見える作品もエンターテイメントとして表現しておられますよね。私も同じ考えで、石井監督から受けた影響は非常に大きいです。石井監督作品の編集作業中に、『狂い咲きサンダーロード』(1980)の制作時の話なども聞いていたし、「撮らなきゃいけないよ」とずっと言われていたので、「撮るなら石井監督に見せて恥ずかしくないものを」と思っていた。本作はそう思えたので観ていただきました。コメントを寄せてくださいましたが、最初に電話でお願いしたときは、「観てみないと書けるかどうかわからない」とおっしゃったので、ドキドキしました。でも、ご覧になってすぐに「書くから」と快諾をいただきました。気に入ってくださったのかなと思っています。『鏡心』は、石井監督がパーソナルな映画を撮られていた時期の作品で、シナリオもご自身で書かれているんですよね。映画監督としての悩みをさらけ出した部分もある作品で、少人数でバリ島でも撮影をおこなっています。その様子も伺ったので、「自分も海外で撮れるんじゃないか」と心の支えになりました。

──石井監督のコメントには、「日本映画でもロシア映画でもない、今までに観たことがない新鮮なボーダーレス映画」と記されています。その部分をご覧になる方に楽しんでいただきたいですね。今日はありがとうございました。

(2017年3月)
取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地

映画『レミニセンティア』公式サイト
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