インタビューWEBSPECIAL / INTERVIEW

『散歩する侵略者』 黒沢清監督インタビュー

©2017「散歩する侵略者」製作委員会

全国公開中の黒沢清監督作『散歩する侵略者』。前川知大が主宰する劇団「イキウメ」の舞台公演をもとにした本作は、SFの枠組みの中でラブロマンス、ホラー、アクションなどのジャンルが縦横無尽に交差する。宇宙人が地球人を静かに侵略──世界を侵食──するさまには、1997年の傑作『CURE』の20年越しの変奏を見出せるかもしれない。画面にあふれる「欲望」や「過剰さ」に触れながら、この最新作についてお話しいただいた。

 

──『クリーピー 偽りの隣人』(2016)公開時にお話を伺った際に、「2時間の作品なら2時間、目を釘付けにされ、スクリーンの向こうで起こっている出来事に心を奪われる〈娯楽映画〉を目指している」とおっしゃっていたのをよく覚えています。新作はさらにスケールアップしていますね。

皆さんの力でここまで来ました。しかしこの作品も、「やりたいな」と思い立ったのは10年近く前です。前々からそう思っていたものが、幸いにもここのところ、立て続けに実現できたということだと思っています。

──本作はアヴァンタイトルから派手に見せてくれます。普通の映画ならば、数倍の時間をかけるところを濃密に凝縮している。そこでもう唖然としました。

ちょっとやり過ぎたかしらとも思いますが、いわゆる冒頭の掴みというかハッタリは、原作もああいうところから始まります。そこだけは少しホラー的なタッチなので、それに倣って冒頭だけ少し緊張感を出そうとしました。勢い余ってかなり派手なことをやってしまい、あそこを過ぎるとしばらく何も起こらないので、極端過ぎたかもしれません(笑)。

──前川さんの原作小説(角川文庫)と比較すると、たしかに極端過ぎるといえるかもしれません(笑)。しかしその「過剰さ」が様々な形で全編を貫き、この映画の魅力になっていると感じました。随所に監督の「これを撮りたい/見せたい」という欲望があらわれています。過去作と比較しても、本作はそうした欲望が際立っていないでしょうか?

©2017「散歩する侵略者」製作委員会

欲望から出発した映画ではありませんでしたが、やはり一度はSFをやってみたいという思いは昔からありました。ただ、ハリウッドを想定してみても莫大なお金がかかるので、日本では到底難しいです。日本に怪獣映画やアニメーションはあります。しかし、もう少し落ち着いた大人向けの実写SFはというと、無くはないけれどほとんど存在しません。それを是非一度やってみたいと考えていたときにこの原作と出会い、面白いと思って進めていきました。するとそのうちに、SFとは何を指すのか段々とわかってきました。SFはたぶん、「もしもこんなことが起きたら」、「日常がこんな風に変わってしまったら」、あるいは「100年後の世界がこうなっているとすれば」、または宇宙船の内部であったりだとか、ドラマの外側の状況を日常と違う何かにバーンと規定する。それがSFだとすれば、その中でおこなわれるドラマは結構何でもありで、ラブストーリーやアクション、怖さやコミカルな要素も含まれます。SFと呼ばれるものの中には、ドラマは無限にあると言っていいと思います。ホラーは逆で、「怖い」という人間の感情がメインなので、ドラマの外がどうなっていようが、とにかく主人公が怖がったり怖いものが出てきて、その怖さを基準にドラマが規定されてしまいます。一方、SFの規定は外側だけで、中には色んなものがあります。実際、原作にも色々な要素がありました。だから、やっていくうちに多くの局面で、それらにまつわる僕の欲望がちょこちょこ現われてきました。「ここで機関銃撃つんだ?」、「爆破していいんだ?」と思っても、「SFなのでオッケー」ということで進めていました。ホラータッチの冒頭もそうですが、結果として欲望が出てしまいました。

──欲望に満ちたSFですね。今回は4Kカメラ「Osmo」を使われたそうですが、これまでと何か違いはありましたか?

撮っているときには4Kがどうとか、何も感じませんでした。カメラそのものも見た目は変わりませんし、特に気にしていませんでした。これまでに2K、その前にも色々な段階がありましたが、今回も違いはほとんどわかりませんでした。ただ、拡大できるんです。粒子が細かいので、撮った部分のサイズをかなり自由に変えられます。それでもほとんど変えませんでした。合成したり、まずいものが映ってしまったのを消したり、あとの処理には使いやすいんでしょうが、自分の意図通りにつくる上では解像度がどうであろうと、もっといえば、デジタルでもフィルムでも基本はなんにも変わらないというのが僕の実感です。

──以前から、「カメラは人物や物語だけでなく、世界をリアルに切り取る機械だ」と語っておられます。それが変わっていないということですね。

そうです。目の前では、相変わらず俳優がある場所で役を演じてセリフを言っています。それはほとんど変わっていないので、ここが変化すると根底から変わってしまいます。つまり俳優や場所が必要ではなくなります。ハリウッドではそういうシステムが出来ていて、俳優はスタジオでグリーンバックで撮影して、場所はあとですべて合成するというやり方がかなり使われていると聞きますが、それは俳優や場所の都合などの場合を除いて、まだまだ特別な例だと思います。その場所で、俳優が生の芝居をしているのを撮影するのが実写映画の基本であることは、100年以上変わっていないでしょう。これが変わったらもう終わりですね、僕は(笑)。

──本作はキャストの力が大きいですね。いま話題にのぼったので、「場所」についてもおきかせください。かつて、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(1985)の東京工業試験所や、『アカルイミライ』(2003)の同潤会アパートなど、東京で撮影するとその風景が無くなってしまうというジンクス(?)がありましたよね。それが東京では撮影許可が下りにくいなどの理由から、ロケ地が近郊へ移っていくとともに、場所の抽象度も高まった。同時にフォトジェニックとは言い難い、普通であれば映画にならない寂れた場所で撮影されることが増えているように思います。『クリーピー』のラストもまさにそうでした。

©2017「散歩する侵略者」製作委員会

今回も「東京近郊の地方のある都市」という設定でした。東京からもっと離れてもいいのですが、離れれば離れるほど言葉の問題が出てきます。西へ行けば西の方言になるし、東へ行けば東の方言になり、言葉によって場所を特定できてしまいます。基本的に標準語を話している人たちのドラマを撮るなら「東京から遠くないどこか」ということで、実際には静岡、栃木、茨城、埼玉、神奈川と、東京の周りのすべての県で撮ったものをつなぎ合わせました。それも昔だったら絶対撮らないような……、こう言うと本当に失礼ですが、「ひどい町だな、ここ」というところで、そのひどさこそがいいんだと(笑)。そういうところでマゾヒスティックな悦びを感じて、「どうしてこんな都市で町づくりをしてしまったんだろう?」と思いながらも、「これが面白い」と居直って撮っていました。

──野ざらしでも厭わず撮っておられますよね(笑)。でも、その風景でさえ見ごたえがあり、芦澤明子さんの撮影で『クリーピー』とも異なる色味になっています。むしろ最近は、そういう場所で映画を成立させることに賭けておられませんか?

賭けてはいないです(笑)。マゾヒスティックな悦びを感じていましたが、そういうところを撮りたいわけではないんです。ただ完全に地方、たとえば北海道や沖縄なら生えている植物だけ見ても「東京ではない」とわかるし、京都のような「どう見ても京都だ」という特殊な場所だとまた違うのかもしれませんが、そうでない限り、もう日本のどこで撮ってもそれほど変わらない気がしてきました。どこでもいい。「どこでもいいから撮りやすいところ」で決めると、だいたい寂れたところになってしまいます。賑やかな場所は撮影が出来ないですし。

──今回も風景の寂れ具合や建物の廃れた感じがとてもいいですね。屋内シーンでも目を見張る空間がいくつもあります。その中からひとつだけ絞って、あきら(恒松祐里)が冒頭の事件後にいる病室。やけに広いですが、あそこはどのような施設なのでしょう?
 
あそこはですね……、何と言ったらいいでしょうか。病院に近い建物です。ある医学系の大学が持っている、医学生のための「病院で働くならこんなことをやります」という研修をするためにつくられた施設なので、病院のようなんです。だけど、本当にそこで医療をしているわけではないので、物を結構自由に動かせるし、研修を外から見られるようにガラス窓がはめ込まれて特別な雰囲気になっています。つまり「病院風」につくられた場所です。

──そこで起こる出来事もとても面白く、みどころのひとつになっています。しかし本当の病院ではないとはいえ、さすがにあの目立つ鉄骨は元から建ってないですよね?

建っていないです(笑)。あれは僕の好みですが、美術の安宅(紀史)さんは、ものすごく柱を建てるのが好きで、隙あらば、「え? こんなところに?」というポジションに柱を建てるんです。

──鳴海(長澤まさみ)と真治(松田龍平)の家の階段も、安宅さんの手によるものでしょうか。

階段は本当にありました。あの階段が面白くて。階段だけあって、あとは何も無いような、がらんとした空き家でした。そこに見てもらえばわかるように、安宅さんが妙な柱を建てて、何ともいえない目隠しのようなものを入れて不思議な空間にしていきました。

──セットであったり、シーンによっては人であったり、つねに何らかの「過剰なもの」が存在していて、画面の奥まで目を引き付けます。そうした細部から成る大きな物語の結末ですが、監督の近作を拝見して感じるのは、「以前ならこの辺りで終わっただろう」と思うところから、さらに展開があることです。本作もそうで、「映画の出口」が拡がっているのを感じました。結末からは、講演集『黒沢清、21世紀の映画を語る』(2010/boid)の惹句、「物語は世界全体にかかわるようなものであれ」も思い出します。

©2017「散歩する侵略者」製作委員会

そう言っていただけるとほっとしますが、ある終わり方に対して、「いや、こういう終わり方もあるかもしれない」と想定して、その中のいちばんいいものを撮ろうとしています。ある形で物語が終わっていても、さらにそのあとに「これも必要だ」と付け足したり、良く解釈していただけるなら、色々な見方が出来て、色々な余韻が残るようにしています。でもどうしてそうなるのか? 明らかなひとつの理由は、原作があるからです。これが不思議で、当然原作が面白いから映画化するわけですが、やはり自分の映画だからと脚本を書いていると、僕が加えた要素が絡み合ってきます。すると僕の絡めたものは、原作とはちょっとズレたところで終わることがあり、「どちらがいいのだろう?」と考えて、両方を足してしまいます。それは終わり方だけではありません。始まりや、ある重要な転換点でも原作を守りつつ、「こういうのもある」とアイデアが浮かぶと二段構えになります。「それは本当は良くない」と思いながら、原作と自分のアイデアがダブルで来るものですから、どうしてもトータルで長くなります。以前は僕が考えたものだけだったので、「もうこれ以上は必要ない」と終われたのが、原作を無下にバッサリと切ることも出来ず、かといって自分の思い付いたアイデアを引っ込めることも出来ない。どうもよろしくないですね(笑)。

──その作劇の過剰さも欠かせないものではないでしょうか(笑)。本作には、スピルバーグやカーペンターの映画に通じる空気もあり、本来ならばそのふたりについて伺うべきでしょうが……、先日急逝した、監督と親交のあったトビー・フーパーのことをお話しいただければ幸いです。

彼とはアメリカで一度、日本で一度会っています。しかもちょっと会ったどころではなく、2回ともかなり深く話しました。日常的に親しくしているということではないですが、向こうもこっちのことを知っていました。そういう関係を築けた数少ないハリウッドの映画監督です。数少ないというより、たったひとりです、僕にとっては。

──本当に残念です。監督との交流の様子は、篠崎誠監督との共著『黒沢清の恐怖の映画史』(2003/青土社)にも記されています。

パートナーだったアマンダ・プラマーとも何度も会いました。彼女からは、「元気だったのになぜ? 彼は病気でもなかった」とメールが届きました。仕事で2週間ほど会わなかったらしいですが、「こんな写真が送られてきた」と、トビー・フーパーが自撮りしている写真も転送してくれました。そのフーパーは、本当にニコニコとご機嫌な表情をしています。それから2週間後に亡くなってしまい、彼女も大きなショックを受けていました。

──そうでしたか。フーパーの映画からは様々なことを受け継がれていると思いますが、本作に活かされているものを最後に教えていただけますか?

さっき話題にのぼった「過剰さ」。それは「豊かさ」と言い換えたいんですが、ある決意があり、方向性がはっきり見えているならば、過剰さは決して無駄ではなく、映画の豊かさにつながることを実作をもって教えてくれました。スピルバーグもそうです。ともすると「予算が無い」という前提だと、削りに削ってシンプルに最低限の情報だけで映画をつくっていく。そういうストイックなつくり方も無くはないし、それでつくられた素晴らしい映画もあります。でもそうではない、映画をすごく豊かにする過剰さがハリウッド映画の中にもちゃんとあります。しかもその豊かな過剰さは、ただお金をかけたダラダラと長い大作ではない、コンパクトな作品の中にもあるんだということ、そして日本でも頑張ればそれが出来ることを教えてくれた人です。

(2017年8月30日 大阪にて)
取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地

映画『散歩する侵略者』公式サイト
Twitter
Facebook

これまでのインタビュー|神戸映画資料館