ラジオ関西「シネマキネマ」インタビューWEBSPECIAL / CinemaKinema

『風の電話』
諏訪敦彦監督インタビュー

諏訪敦彦監督がおよそ18年ぶりに日本で長編を撮り上げた。モチーフは、岩手県上閉伊郡大槌町に実在するオブジェ「風の電話」。来訪者は電話線のつながっていない受話器を通して、今はもういない人へ想いを伝える。
モトーラ世理奈が演じるハルは、東日本大震災で家族を失い、広島の叔母のもとで暮らす高校生。映画は叔母の急病をきっかけにさすらいの旅へ出た彼女と様々な人との出会い、そして別れと旅の終わりまでを映し出す。
ハルの震災前の記憶をはじめ、幾つもの記憶を呼び覚ますあてのない旅がたどり着いた先は、諏訪敦彦の映画制作の大きな到達点にも重なり合う。そこへ至るまでの道のりを監督に伺った。

 

──すでに公開されているモトーラ世理奈さんとの対談動画で、本作を「さすらい」という言葉を用いて語っておられます。そこで思い出したのが、2013年12月に立教大学でおこなわれた講演「ヒロシマ、身体、イメージ」(『ドゥルーズ・知覚・イメージ』/せりか書房に採録所収)で、監督がドゥルーズの「バラード」(さすらい)の俳優」という言葉を引いていたことです。ドゥルーズが指したのは『ライオンは今夜死ぬ』(2017)に主演したジャン=ピエール・レオー、そしてジュリエット・ベルトやビュル・オジェでしたが、モトーラさんに彼らのような存在感を託すイメージがあったのでしょうか?

あの講演では、ドゥルーズがレオーやビュル・オジェを「非職業的職業俳優」という言葉で語ったことも取り上げました。俳優が媒介者のような存在になって、新しいイメージが新しい俳優と共に生まれる局面があるのだと。「さすらい」とは映画の構造の問題ですね。オリジナル企画は熊本の地震で父親を亡くした女の子が、風の電話の存在を知って大槌への旅に出るというもので、その原案を僕が変えました。幾つか変更したポイントのひとつが、どこかからどこかへ向かう旅ではなく、大槌で生まれて今は広島で暮らす女の子がかつて住んでいた家に帰る構成です。ここからあそこへ行く旅だと、目的を持った行動になります。最終目的のためのアクションになるのが、ハルは生きるか死ぬかというほとんど死の瀬戸際にいる。その状況からはじまるので、彼女に行動する意志はないわけです。ただ死ねないだけで、滑っていくとでもいうか。だから「どこでもいい」とふらふらとさまよい出ていく旅にしたかった。目的はあとから生まれる。あるとき「大槌へ帰るの?」と問われて、答えてしまうことで彼女に行動が生まれてくる。そのような構造にしたいと考えました。一般的に、映画の中では人間がある状況に対してリアクションを起こす。そういうクラシックな構造とは違う、何が目的かわからない存在にしたのは、この旅はたどり着くことが重要な目的ではないからです。それよりも、どのように移動していくのか。目的がある旅だと、ただのプロセスになってしまいます。本作にとって大切なのは移動そのもの。つまり旅の中身なので、目的を持ったものにはしたくなかったんです。

──そのような人の目的と行動の在りようは、これまでの監督の映画に通じるように思います。

『不完全なふたり』(2005)でも、そういうことを別の形で意識していたかもしれないですね。あの作品ではカップルの問題でしたが、人間の行動は必ずしも何か原因や真実に基づいているわけではない。人はまず何かをやってしまう。そして「なぜこんなことをやっちゃったんだろう」と考える。僕は人の行動をそんなふうに捉えたくて、なぜかというと、多分そのときに人は初めて自分自身の存在に触れると思うからです。自分をちゃんとコントロールできている状態では、自分という存在は消えている。しかし、どうしようもない自分が現われたときに、その人は自分という存在に出会う。ハルは決定的に自分の存在に向き合わざるを得ません。「なぜ生きているのだろう?」と。家族はみんな死んでしまったのに、なぜ自分だけは生きているのかという根源的な問いかけがずっと彼女につきまとっています。目的に向かって行動すると、そのことが消えてしまう。だからさまよい出るのだと思います。

──今回は狗飼恭子さんとの共同脚本です。おふたりの間でどのようなやり取りがあったのでしょう。

具体的には、プロジェクトに参加した時点ですでに狗飼さんが書いたプロットがありました。それをベースに、いまお話ししたように僕が構造を変化させた。そのプロットをまた狗飼さんに預けて、彼女に通常の脚本を一回上げてもらいました。セリフもト書きもある完成台本に近いものです。それをもとに僕がもう一度、プロットにした。ディテールやセリフをそぎ落として、組み替えたものを撮影台本に起こして現場に行きました。

──そうした作業は初めての試みではないでしょうか?

『ライオンは今夜死ぬ』もそれに近い形でしたね。あの作品も完成台本を一度つくりました。理由のひとつは文化庁からの助成があったからですが。一回上げた完成台本は、モトーラや西島秀俊くんには読んでもらっています。

──先日、監督のご友人でもあるペドロ・コスタが京都を訪れ、『溶岩の家』(1994)を撮るときに、スクラップ・ブックが真のシナリオだったと語りました。本作においても、シナリオ以外にイメージを膨らませるものはありましたか?

あえて言えば「人」ですかね。最初に渡辺真起子さんにいてほしいとか、次は三浦友和さんに、という思いが重なり、ひとつの具体的なシナリオになった部分はあるかもしれないですね。三浦さんとはこういう作業をして人物像をつくり上げよう、西島くんとはこんなふうにやっていこう、と。ハルも彼らと出会っては別れ、また出会っては別れるので、「人」ということが大きかったと思います。風景にもそれほどこだわりはなくて。ただロードムービー、いわゆる旅をする映画は今回が初めてで、それは今までにない感覚でした。本当にハルと一緒に旅をする感じでしたね。

──お名前が挙がった西島さん、渡辺さん、三浦さんは監督の過去作『2/デュオ』(1997)
『M/OTHER』(1999)の主演俳優です。ふたたび組まれた理由を教えてください。

明解にこれだと言うのは難しいですが、そこにいてほしかったのでしょうね。それくらい時間が経ったということなのかもしれません。昔、西島くんや渡辺さんと一緒にやったときにももう一本、二本という道もあったのかもしれない。だけど僕たちはそうしなかった。僕の映画って、一本でやり切ってしまうというか(笑)。たとえば渡辺さんは『M/OTHER』で、アキというキャラクターと一体化して演じ切ったので、次にまた別の役を、とはなかなかならないですよね。今回のハルもそうです。ハル=モトーラなので、全然違う役を次の映画でやるのは想像しがたい。それほどの密度で仕事をしてしまったのだろうという気もするし、また会えるかも、という感覚はつねにどこかにありますね。またいつか、彼ら彼女たちとやるのかなという。今回はおよそ18年ぶりの日本での本格的な撮影で、モトーラと僕でひとりの人物をつくり上げる作業をおこないましたが、そこへ彼らに「ふるさと」として来てほしい、立ち会ってもらいたい気持ちがあった。それはノスタルジックでもあるけれど、また何か新しい仕事ができるかもしれない、そんな思いが働きました。やっぱり彼らは俳優として大きな信頼を置ける人たちだから、安心感がありました。

──そのキャスティングが、映画に複数の層をもたらしていますね。たとえば序盤でハルが西日本豪雨の跡地をさまよい歩き、それに続くシークエンスで三浦さん演じる公平が登場します。ここで観客には災害後の広島、その光景から2011年の震災、そして『M/OTHER』での三浦さんの姿と三つの記憶が流れ込みます。さらに公平の母親が被爆体験──これは演じた別府康子さんの実体験でもあります──を語ることで1945年の「ヒロシマ」の記憶も編み込まれる。こうした重層性は意識されたものですか?

意識しましたね。それもあって故郷へ帰る。つまりもうひとつの層として、ハルの震災前の記憶があるわけです。家族と幸せに暮らしていた記憶。そこだけは突然、幻想的なシーンとして現れます。今回は日本をどう映画にどう写し出すのかというまなざしも強くありました。今の日本を見てみたかった。頭のどこかでロバート・クレイマーの『ルート1/USA』(1989)を思い出していたかもしれないですね。ロケハンで各地を回ってみると、日本って本当に傷ついているなと感じました。どこへ行っても人はいないし、商店街は閉まっている。コミュニティが壊れているようなところも多くあった。撮影に家を貸してくださった方々も、大きな家にひとりきりで住んでいたり、広い家なのにほとんど台所しか機能してなかったり。そんな家がたくさんありました。そういう風景を見ていこうと思うのと同時に、本作は東日本大震災をモチーフにしています。あれから8年が経っていました。震災直後、あるいは1年や2年後にこのような映画を撮れたかといえば、まず撮れない。なぜならば、現実に起きたことをフィクションの背景として利用することになるからです。それはしたくなかったし、もう今は8年前の記憶がほぼ見えません。映画的な視点で言えば、単純にカメラでここからこう撮れば何かが写るものではない。
福島第一原発周辺の解除された帰還困難区域に行くと、ぽつぽつ人が戻ってきて家も新しく建て替わり、町は綺麗といえば綺麗です。だけど何か変で、スカスカなんですね。昔は目抜き通りだったのに、家が建っていないところには人もおらず、ある種異様な風景です。だけど、カメラでそれをポンと撮ってもわからないですよね。見えなくはなっているけど、なくなってはいない。8年前の傷はどこかに残っているんです。それは層のようにそこに織り込まれているもので、写らないけど映画にはなるはずだと確信しました。フィクションで表現し得ることをひとつ挙げると、ハルが大槌に帰ったときのシーン。そこで友達の母親を見つけて声をかけても、彼女はわからない。それが現在の時間です。でも成長したハルだと気づいた瞬間に8年前に遡り、彼女はある悲しみに襲われる。震災で失った娘は成長しない。でもずっと娘のことを想っていたでしょう。そこで大きくなったハルを目の当たりにして、娘が生きていたらこうなっていたかもしれない、しかしそれが失われた事実が襲いかかる。簡単に目に見えないけど、そこにある時間。そういう層状のものを表現できればいいなと思っていました。

──フラッシュバックで8年前と今を行き来するのではなく、ワンショットで時間の層を示しますね。別のシーンで聴ける西田敏行さんの歌も見えない層に厚みを加えます。「今の日本」という主題をめぐっては、『H story』(2001)のラストで町田康さんとベアトリス・ダルが広島のアーケードを歩く姿を思い出しました。土曜の夜に撮られたあの賑やかさは、今の日本とは対照的です。それから先にお話しいただいた幻想的なシーンはスローモーションですが、撮影の段階でスローにしていたのでしょうか。

そうですね。撮影時にやっています。

──諏訪監督が影響を受けた作家のひとりがジャン=リュック・ゴダールです。ゴダールは編集でスローモーションにすることも多いですね。

かつての彼はスタインベックで編集し、デジタルになってからは編集で映画をつくっているとも言える。編集室が彼の現場になっていますね。

──それが顕著な作品が『イメージの本』(2018)でしたね。本作のスローモーションは時間を引き延ばしているけれど、ハルは亡くしたものへの距離を縮めようとしている。その点でも効果的な撮影だと感じます。さて、実は昨年初夏に、監督とは東京造形大学在学中より長い交流がある筒井武文監督に「『風の電話』の3時間11分の最初の編集ラッシュを見ました。おもしろいですよ」と教えていただいたんです。

「短くする前に見たいんだ」と言って(笑)。

──『H story』も9時間のラッシュをご覧になっているんですよね(笑)。本当にラッシュは3時間11分だったのでしょうか。そして完成版との大きな違いはありますか?

3時間は超えていました。大きなエピソードの欠落はないです。登場人物でいなくなった人もいないですね。ただ、さっきおっしゃったスローモーションによる回想がもうワンシーンありました。あと、後日談的な別のラストシーンがあって、退院した叔母が車椅子で暮らしていて、今度はハルが彼女をサポートするという描写です。それは編集で切りました。

──叔母が無事だと聞いて安心しました(笑)。そしてハルが風の電話で話すラストの長回しは、とても諏訪監督らしいと思います。そこでは切り返さない。『ライオンは今夜死ぬ』を除く作品では基本的に切り返しがありません。『2/デュオ』には西島さん演じるケイが、柳愛里さん演じる恋人・ユウに電話をかけてくるショットが三つありますが、カメラはすべて受話器を取ったユウだけを捉え、そのショットを重ねて関係の推移を見せてゆきます。なおかつ本作のハルには切り返すべき相手がもういない。監督の手法と物語が見事に調和したショットではないでしょうか。

これから観客に見られる本作を僕はまだ分析していませんが、これまでの映画と違うのは喧嘩している人がいない。今までの映画ではつねに男女が喧嘩していました。それは自分にとっての他者という主題が、男女の諍いの中に現れてきていたからです。ふたりの人間関係の中に現れていたのが、今回は──不良が少し絡んできますが──みんなやさしい。やさしい人ばかりですよね。ハルは行きずりの子だから、その意味では他者ですが、みんなが受け入れてくれるので他者としての葛藤がない。だから何の戦闘も起きないわけです。しかし映画の中に闘いがないのかというと、ただひとつ、彼女は自分の記憶と闘っている。そこに他者性があります。それが中盤以降に浮かび上がってくる。彼女と記憶。それが本作のもうひとつの見えない葛藤の主軸になっています。風の電話での会話はそれを調停する行為なのかもしれないですね。さらに様々な層を調停する。僕のやっていることは同じでも、今回はあの電話のシーンを撮っているときに出来事が生起してゆく感覚があって、「ああ、この映画を積極的に撮る必然はここにあったんだな」と思えました。
色々な準備を捨てて、白紙のまま本番で初めて電話ボックスに入るモトーラのアプローチも素晴らしかったですね。途中で崩れて本人も納得できず、一回目はうまくいきませんでしたが、もう一度やると、しゃべるという行為の中で彼女の感情も変化していった。自分が話す言葉によって変化が起きてゆく。たとえば「今度会いに行くよ」と言う。そのあともう一度「会いに行くよ」と繰り返す。そこで彼女の中で何かが動いているわけです。会いに行くというのは死ぬことです。じゃあいつ死ぬのか? いつかは死ぬけど今は死なない。「会いに行くよ。みんなに会いに行くよ。だけど、それまでは生きるよ」と変化する。「今度会うときはおばあちゃんになっているからね」という言葉も、「会いに行く」と言ったから出てきたものです。「会いに行く」が「私も死ぬ」へ続く可能性もあったかもしれない。でもそう言うことで、彼女は自分が今は死なないとわかったんです。それまでは生きるのだと。「今度会うときはおばあちゃんになっている」と言えたのはすごいですよね。それは風の電話の機能で、本当にあの電話を使ったから言えたのだと思います。僕たちがあらかじめ構成してシナリオ化したわけではなく、モトーラが無の状態でハルにアプローチしてくれたおかげで、感情が生起して変化した。そのさまを撮影できたのは、いま振り返るとおそろしいことをやったなと。だってうまくいくとは限らないじゃないですか(笑)。でも撮っているときはみんな必死でただ撮影を続けていたので、そんなことは考えなかった。モトーラも大変でプレッシャーは大きかったでしょうが、よくやってくれました。

──最初に伺った映画の構造のお話に戻ると、シナリオにゴールを設けて、そこへたどり着くためのセリフであれば、あのショットは撮れなかったと思います。あとから感情が生まれてきたのは、目的を持たないさすらいの旅に似ているかもしれませんね。またハルの言葉は、はじめはモノローグにも聞こえる。それが次第にダイアローグへと開かれてゆくところからも、何かが生起していたことが伝わります。

誰とのダイアローグかと言うと、自分の中にいる他者とのダイアローグ。自分を発見してゆくダイアローグなのかもしれないですね。僕が今まで映画にしてきたのは、誰かと誰かの間にある他者性や、その間のモノローグだったのが、今回はハルが生きることと彼女の過去、そして彼女の中で起きる幾つかの層の葛藤でした。彼女自身の中に生まれるものを撮りたかった。

──アプローチは違えど、監督の映画もペドロ・コスタの映画も、登場人物たちはシナリオに書かれたセリフをなぞるのではなく、みずからの言葉を語ります。それがもたらすものについてお話しいただけますか?

『ヴィタリナ(仮)』(2019)も素晴らしい映画でした。あれは実在するヴィタリナの話ですよね。彼女の人生で起きたことからペドロは出発する。何度も話を聞いて、この言葉を使おうとか何をしてほしいかを考える。実際にどう撮っているかはわかりませんが、一年間くらいかけてそういう準備をしますね。彼は現実的なものを再現しようと思っているわけではないので、ヴィタリナの話に耳を傾け、彼女の人生からスタートするのだけど、そこからその人であることを剥ぎ取って、別のものに変換してゆく方法をとる。それはペドロの映画に出る人が、自分のありのままの姿──辛い人生であったり辛い境遇であったり──でいたくないからです。普通のドキュメンタリーであればスラムまで行って「普段のままでいてください」と言って、その人の人生を撮ろうとするけど、誰もそんなことを望んではいない。前作『ホース・マネー』(2014)でも「自分の部屋で撮らないでくれ」と言われたらしいですね。それは見せたくないし、見たくもない。過酷な現実を生きる彼らはそこから違うところに行きたいと思っているんです。そういう人たちと映画をつくっているから、ペドロのスタイルが確立される。その意味で、僕はもっと自然的なところに留まっていると思うし、理解可能な人間をつくり出そうとしています。ただ、ハルを存在させる術を探す作業は、モトーラが一緒だったからできた気がします。
「こども映画教室」でも僕は子どもたちに即興でやらせます。書かれたシナリオに基づいて撮ったものを最初に見たら、学芸会のようだった。誰かが書いたものをやらされるとそうなりますね。だけどそれを解き放つと、ワーッとみんなで話し出して、役者の子も自分で動き出します。誰かに言われてやるのではなく、自分が自分として映画の中で何かを表現する。それは美しいことですよね。人に言われてやっているのを見るよりは、みずから動いている人を見るほうがやっぱり美しいと思う。ペドロはそれを彼の道筋でつくり上げています。映画に登場するのは、ペドロに言われて仕方なくやっている人たちではない。それがイメージの持つ美しさだと思うのです。

(2019年12月10日 大阪にて)
取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地

映画『風の電話』公式サイト
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