レポートWEBSPECIAL / REPORT

神戸映像アーカイブプロジェクト「ノンフィルム資料の保存と活用」
公開講座:映画関連資料の現在

開催日:2016年12月11日(日)
会場:神戸映画資料館
主催:神戸ドキュメンタリー映画祭実行委員会
神戸市 平成28年度まちの再生・活性化に寄与する文化芸術創造支援助成対象事業

記録① 基調講演
講師:岡田秀則東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員/ノンフィルム資料担当)

モデレーター:板倉史明(神戸大学准教授/神戸ドキュメンタリー映画祭実行委員会委員)
板倉:ではお時間になりましたので始めさせて頂きたいと思います。本日は神戸映画資料館にお越し頂きまして誠にありがとうございます。これから神戸映像アーカイブプロジェクト「ノンフィルム資料の保存と活用」を始めさせて頂きます。わたくしは神戸大学の板倉と申します。今回の2日間のイベントは神戸ドキュメンタリー映画祭実行委員会が主催をしており、その実行委員会が神戸市から助成金を頂きながら、「神戸アーカイブプロジェクト」という名称のプロジェクトを進めております。このプロジェクトは神戸映画資料館に保存されている映画フィルムおよびノンフィルム資料についての保存・整理・公開活動をするプロジェクトでございます。これまで神戸映画資料館は、たくさんの映画フィルムのみならず、ポスターやシナリオやスチル写真、あとはキャメラや映写機といった機材などのいわゆるノンフィルム資料(ノンフィルムマテリアル)もたくさん収蔵しておりますが、そのようなノンフィルム資料をどのように保存して、カタロギング(目録化)して、公開して、活用したらいいのかということを手探りで進めて来たわけですが、やはり専門家の方々からの貴重なご意見を伺いながら進めて行ったほうがいいんじゃないか、ということで、今回このイベントを開催させて頂きました。第1日目は、基調講演といたしまして、東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員でいらっしゃる岡田秀則さんにお越し頂き、貴重なお話しを頂きたいと思います。岡田さんは長年ノンフィルム資料のセクションの責任者をしていらっしゃいまして、さまざまなノンフィルム資料の展覧会も企画されたり、専門的な立場からノンフィルム資料の保存・修復活動もされていらっしゃいます。ノンフィルムに特化したお話しを聴く機会というのはこれまでほとんどなかったと思いますので、私自身も楽しみにしております。そのあとは、さまざまなアーカイブ・資料館・博物館でノンフィルム資料の保存・整理・活用に携わっていらっしゃる方々をお呼びいたしまして、それぞれのご活動内容をご報告・ご発表頂きます。そのあとは、皆さんでディスカッションをする、という流れになっております。皆様からのご質問は一番最後のディスカッションの時間に、登壇者の方々にお伝えしたいと思っております。では早速基調講演といたしまして、岡田さんにご講演頂きたいと思います。ノンフィルム資料とは何か?という大枠のお話しも頂けると思います。ではどうぞよろしくお願いいたします。

 

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《ノンフィルム》 もう一つの映画のアーカイブ

 「基調講演」というものが生まれて初めてで、もう「基調講演」と聞いただけで緊張しますが、しどろもどろにならないよう努力いたします。
 実は私、この12月1日でフィルムセンターに勤めてちょうど20年になりました。最初の4年4か月がフィルムの収集や保存、次に上映などの企画を6年3か月、その後にノンフィルム資料が9年5か月、それで20年なのですけれども、つまりその約半分をノンフィルムと過ごしたことになるわけで、我ながら遠い目になってしまいます(笑)。
 最近、映画の保存や修復に対する関心の高まりを強く感じるようになりましたが、その一方、フィルム・アーカイブ活動の中で映画に関わる資料(ノンフィルム)もかなり大きな比重を占めていることがようやく認識されてきたように感じます。9年勤めたとはいえ、ノンフィルム資料についてきちんと体系的なことが言えるかどうか分かりませんが、現時点で私の立場から申し上げられることをお話しできればと思います。
 さてノンフィルム資料も、先ほど板倉先生がおっしゃった通り、映画のアーカイブが保存し、未来に活用させるべきものです。これは文字通り、映画フィルム以外のすべての資料を指します。そしてフィルムと同様、この種のものを国立機関として専門的に収集している機関はフィルムセンターしかありません。しかしこれはフィルム・アーカイブの間でも比較的意識されにくい分野で、アーカイビングのやり方、例えば目録化についての国際的スタンダードも今のところありませんし、現状で指針にできることは、まず前任者が敷いてくれたレールであり、その上で情況を少しずつ良くしてゆくという手探りの状態が続いています。私自身、初めてその仕事をすることになった時、本当に何をすべきか右も左も分からない状況でした。しかし一緒に働くスタッフの機転やたゆまぬ努力もありまして、どうにか仕事は前進し、まだ発展途上ですけれどもかなりの資料を閲覧可能な段階に移行させることができました。この先の見通しも不透明でしょうが、ある程度の未来像も考えられるようにはなってきた、まあそんな段階です。
 ただしこのノンフィルムという世界は、今なお未踏の荒野というか、どのようにでも事業を進めてゆける分野とも言えます。私は私なりに自分の関心と状況判断に従って様々な事業を展開しましたが、別の方であれば別の方法で、実のある展開ができるはずです。明日はフィルムセンターで行われている実際の資料の取り扱いについての話を主にしますが、今日は「ノンフィルム概論」というと大げさで僭越ですけれども、まずは大枠で捉え、それから各地の皆さんのお話を伺った上でディスカッションに入りたいと思います。

ノンフィルム資料の分類

 まずは分類からゆきましょう。学術研究の立場から見れば、ノンフィルムというのは「フィルムの損失を補う資料」という認識があるかと思います。例えば、初期の多くの映画は失われてしまいました。発明以来、初期の映画の素材が可燃性フィルムであったこと、映画会社がその場だけの商品と見なして保存してこなかったこと、自然災害や戦争、火災、あるいは世の中全体に文化財という意識がなかったことなど、さまざまな理由でフィルムの残りにくい環境がありました。自然発火を恐れた人為的な破棄さえあったわけです。その一方で、紙でできた映画の雑誌、写真やポスターといったものはフィルムに比べれば高い比率で残されました。しかしノンフィルムの価値は、「フィルムの損失を補う」だけで果たしてよいのかという疑問もあります。むしろ、フィルムより目立たない、隠れた存在だという劣等感を払拭するところから始めたいと思っています。
okada01 ここにノンフィルム資料の分類表を出しましたが、決して網羅的なものではありません。衣裳や小道具も立派なノンフィルムですが、実際には世界でもこの分野に強いフィルム・アーカイブは稀で、フィルムセンターにもほとんどありません。他にも探してみると意外なものがあります。例えば「映画切手」なんてのもありますし、今では過去のものを収集するのはほぼ不可能と思いますが、前売券を買うと付いてくる映画のグッズもあります。
 さてノンフィルムの分類法ですが、ひとまず大まかに、映画を作るためのもの、映画が出来たあと主に宣伝に使われるもの、それから映画をめぐる文献類、という機能別に並べてみました。もちろん形態別、あるいは保管を考えるならサイズ別でもいいでしょう。「技術的な資料」と考えればキャメラと映写機は同じ項目にまとめられますし、実務の上ではいろいろな分類の仕方があろうかと思います。
 映画アーカイブの歴史では、やはり優先されてきたのはフィルムの保存で、ノンフィルムのアーカイビングは後回しでした。フィルムセンターもそうで、映画資料を専門に扱う部署「情報資料室」ができたのが2000年のことです。ここでは図書室の運営や展示企画の立案運営、あるいは情報インフラの整備やデータベースの管理といった情報事業も兼任しています。ですからノンフィルムのアーカイビングは仕事全体の一部分なのですが、一方で過去に受領した資料があまりに多く、現在でも遡及の整理作業に労力を費やしています。例えば、ポスターは現在5万7千枚、スチル写真が70万枚、映画の機械類が600点、シナリオはまだ延々と登録作業が続いているため明確に言えませんが、総数は約4万4千と推定されています。1、2年後にはプレス資料、いわゆるチラシ、プレスシート、試写状などの点数もはっきりする見込みです。あと図書ですが、現時点で単行本と日本国内の映画祭カタログ、そして映画パンフレットがオンライン・データベースによってインターネットで見られます。映画雑誌の登録は非常に遅れていましたが、2016年から図書データベースの登録がはじまり、主要な映画雑誌はようやく題名などは見られるようになってきた。ただ映画にもマイナーな雑誌が歴史上たくさんあり、登録にまだまだ時間がかかるというのが現状です。

ノンフィルムは日陰の存在か?

 さて、ノンフィルムとは果たしてどういうものでしょうか。違う世界の話ですが、私は俳句に関心がありまして、尊敬する俳句の評論家で仁平勝さんという方がいます。さまざまな著作の中に『俳句が文学になるとき』(1996年)という本があるのですが、その「あとがき」で素晴らしいことが書かれていますので引用します。「俳人のなかには、時代につれて俳句も進歩すべきだと考える人がいるが、それは彼らの幻想だと思う。(中略)若い俳人にはもっと過激なのがいて、俳句は時代の言語を変革する最前線になりうると主張したりする。そんなことはありえない。あるいは逆に、俳句などは閑人のほんの手すさびですと卑下してみせる者がいる。これも大きな見当違いだ」。実に切れ味のいい言葉ですね。そう、自分たちの関わる分野が大きなパースペクティブの中でどの位置にあるのかを正しく見極めるのは難しいですが、とても大切です。俳句は戦後の一時期、小説などに劣る「第二芸術」だと桑原武夫という文学者に叩かれまして、俳壇は大騒ぎになりました。ですから、ノンフィルムについても私たち自身の手で正しい位置づけを行うことが大切でしょう。夜郎自大というか過大評価は禁物ですし、「映画の日陰者」などと卑下しても何の役にも立ちません。
okada02 改めて考えますと、そもそも「ノンフィルム」という言葉は、映画関係者にさえ必ずしも馴染みのある言葉ではないでしょう。日本ではもちろん、アメリカやヨーロッパでも同じで、いまのところ「業界用語」と言えます。ある時は「フィルムを使わないデジタルシネマのことか」と勘違いされたこともあります。とはいえ私は、この「ノンフィルム」という言葉にある程度親しみも感じるようにもなりました。映画ポスター、写真、台本、あるいは映画会社のカレンダー、キャメラ、映写機など、すべてこの世に生まれ落ちたからには、私たちの前で存在を主張するわけですが、付き合ってみるとみんな気さくで控え目で、良い連中です。彼らは一本の映画を完成させるため、あるいは完成した映画を宣伝するための存在です。フィルムは出来上がった完成品ですが、そのフィルムを作るために、あるいは宣伝するために「働く」、つまりノンフィルム資料は労働者なのです。そう考えると、フィルムよりも身近な気さえしてきます。彼らの静かな貢献をひとつの言葉に結晶させる時、その「ノンフィルム」という言葉は案外頼もしい気がしてきませんか。「ノン」と「フィルム」でできていますが、「ノンフィルム」という一単語として考えた方がむしろいいでしょう。「私は映画ではありません」とうそぶきながら、「映画じゃないけど映画です」と主張している、そんな控え目な自信が私には好ましく思われます。フィルムへの従属感ではなく、むしろその存在感をさりげなく放っている。だから、業界用語以上の何かであり得るようになればと思っています。
 ノンフィルムは特殊な分野と思われがちですが、実際に街へ出るとそうではないのですね。映画のポスターは通りのあちこちに貼られています。ただ、最近は駅の看板などでは映画ポスターを見なくなりました。このシネコン時代には、しばしば映画館の中とか、映画館の壁に囲い込まれていますが、それでも街を歩いていれば見られます。あるいは映画のスチル写真は、雑誌や新聞、あるいはインターネットの映画記事にも必ず入っています。つまりノンフィルムは、映画を観ない人間の目にも飛び込んでくる、風景に組み込まれたものです。むかしの街の写真を見ると、映画の看板や映画館のポスターなどが写真の中に映り込んでいることがよくあります。逆に、それらが写っていることで、この写真がいつの撮影であるかをアイデンティファイすることができます。そんなわけで、ノンフィルムはフィルム以上に私たちの日常に馴染んでいるかも知れません。あとでお話しするように、「生活文化」の一つといってもよいと思います。
 またノンフィルムのもう一つの強みは、しばしば「映画の全体像」を示せることです。批評家のスーザン・ソンタグは、「写真を収集することは世界を収集すること」だと書いています。これはいろんな意味合いに取れますが、ノンフィルムを大規模に収集したコレクションもまた、これまで人間がどれだけ映画を作ってきたのかというその総数、つまり映画という「世界」全体を圧倒的なまでに意識させます。一方、実は私たちがいま観られる映画は、ほんの一握りしかありません。例えば、日本で最も映画が作られた1960年には547本の作品が製作されましたが、その大半は、いま私たちが観ることは難しいのです。しかしノンフィルムは、必ずしもそうではありません。これは私の仕事上の経験ですが、1950年代末以来蓄積してきた大量の映画ポスターやスチル写真を廃棄せずにいたある地方都市の映画館が閉館しました。今日いらっしゃっている、鎌倉市の川喜多映画記念館の方々がそのポスターやスチル写真を引き受けられました。ただし彼らは自分たちのコレクションを増やすことが主な目的ではなく、このポスターを必要としている各地の映画資料館に分配する方針を立てました。これは素晴らしいことで、フィルムセンターもその分配先に挙げていただいたわけです。そのために長い時間をかけ、題名別に50音順の膨大なリストを作成された。フィルムセンターは、もう5万7千枚もあるなら充分ではと思うかも知れませんが、それは決して網羅的なコレクションではありません。ですからお受けするべきだと考えまして、分配作業の助太刀のため、スタッフ一同いざ鎌倉に参上したわけです。何しろ重ねたポスターの厚さがセンチではなくメートル単位で、その資料が一枚一枚アイウエオ順に並んでいるというのは、すごいことです。その労働を想像すると、感謝の気持ちで一杯になります。ある真夏の二日間、私たちは朝から夕方まで鎌倉の方々と一緒に作業をしました。1950年代から70年代半ばぐらいまででしょうか、同じような題名の喜劇、似たような名前の仁侠映画、例えば人気が出ると東映だけでなく、松竹も日活も「残侠」や「仁義」などに彩られまして、まるでそのジャンルの総体を見るような体験になります。なぜ人間はこれほどたくさんの映画を作ったのだろうという感慨とともに、「世界」に対するある種の敬意と楽しみを見出すことになるのです。映画一本一本は時間をかけて観るしかないので、映画史のボリュームを味わうのは、お金や時間の負担がかかり、簡単ではありません。しかしこのように映画のポスターとして一所にまとめられると、名もない映画も黒澤明の大作も同じように、映画史の重みが一気に私たちの身体にのしかかってくるような感覚を抱かざるを得ません。もともと映画は批評を言説の中央に置いてきた歴史があるだけに、このように、どの映画も同じ土俵の上で捉える「アーカイブ的な思考」は新鮮でもありました。使用済みのポスターをめくることで、幻かも知れませんが、その時代の産業の全体を観たような気がするわけです。映画会社が毎年出すスターのカレンダーも、もし発行当初から現在までのカレンダーを積み重ねれば、映画スターの考古学が可能になるかも知れない。そうした「全体像」が感じられることが、ノンフィルムの強みだと考えていいでしょう。

なぜノンフィルムは大切なのか?
 
 ここで、なぜノンフィルムは大切なのかをお話します。この9月に『映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画』という本を出させていただきました。その中にあるように、私は2009年の冬から春にかけてフランスやイタリアのフィルム・アーカイブへ行き、ノンフィルム資料の収集・保存・目録化・活用について研修をしました。いくつかの映画保存機関を訪問しましたが、中でもパリのシネマテーク・フランセーズはフィルムセンターの大大大先輩のような組織です。そこは上映企画の評判が伝統的に高いのですが、2007年に映画文献図書館と統合しました。フランス語で図書館をビブリオテークと言いますから、「ビ」と映画(フィルム)の「フィ」を合わせて(BIFI=ビフィ)と略されます。そこでは例えば、映画美術のデッサンや映画美術の設計図面が、作品ごとではなく映画の美術監督ごとに分類されて保存されていましたが、その分類法は、映画の中にもう一つのアートが潜んでいることを強く感じさせてくれます。あるいは地方都市のシネマテークがノンフィルムをどう取り扱っているかなど、各地のノンフィルム事情も徐々に分かってきました。そして、映画文化がどこも一律ではなく、土地ごとの味わいを持っていることも分かってきた。例えば南仏のピレネー山脈の麓にトゥールーズという都市があります。そこにかつてあった映画館のファサードには、手書きの巨大ポスターが貼られていました。日本では看板に直接描くわけですが、そうではなく、看板の場所に紙を貼り付け、映画が終わったあと棄てずに剥がし、今ではシネマテーク・ド・トゥールーズがそれを保存しています。このコレクションはなかなか冴えていると思いました。この例は、ローカルな文化としての映画のかたちを優れて示しています。その経験を元に、帰国してまとめた文章の中から、次の6つの言葉が出てきました。
okada03 先ほど申し上げた「生活文化」という言葉がまず最初に出てきました。つまり映画そのものではないが、実はノンフィルムは、私たちの暮らしに繋がっているのではないか。それから2番目、シナリオや映画美術の資料というのは映画芸術をいかに作っていくかに関する証言者である。これを知ることで、映画そのものの理解がぐっと深まるだろう。3番目のは、今日の講演のいちばん最後にお話ししますが、ノンフィルムには人知れぬクリエイターたちがやはり存在しているということです。4番は主に映画雑誌などがそうだと思いますが、テレビがなかった時代、ましてインターネットなどなかった時代の映画は、社会にとって非常に大きな伝達媒体でした。ニュース映画、あるいは文化映画と呼ばれたような教育的な短篇フィルムもありましたし、映画も映画雑誌などの紙資料も、歴史資料という一面を持っています。5番は機械類、例えば映写機やキャメラなどですが、20世紀のハイ・テクノロジーの粋であることは間違いないと思います。最後に、この1番から5番まですべてをひっくるめて、これからの映像文化の土台になる資料だということ、つまりノンフィルム資料は映像制作の教材としても成立し得るということです。これは映画資料を持っている方々それぞれが育むべき主題だと思います。そんなわけで、いろいろな可能性が見えてきたのですが、しかし現状をそれほど楽観はしてはいられないことを、次にお話ししたいと思います。

ノンフィルム資料の諸問題
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 まず「資料散逸の危機」と書きましたが、映画がデジタル時代に入ったことは、単にフィルムだけの危機ではありません。もちろん過去のフィルムをどうしたらいいかという映画会社、個人の方々の悩みは増大していますが、ノンフィルム資料の処遇をどうしたらよいかという問題も同時に起こっています。映画会社でも倉庫の中で過去の宣材をもう保管し切れないという状況が起きています。またコレクターの方々、映画資料をずっとお持ちになっている個人の方々にも、やはり悩んでいる方がいるとお聞きしました。一方で、コレクターの交流の中で若い方々に引き継いでいるというお話も仄聞します。何にせよ、今後こうした残存資料をどうするのかは、多くの方々の間で意識化されなければなりません。現在映画資料を持つ館・団体・個人の中で、その増大する資料を引き受けるだけのキャパシティは、果たして今後どれくらい確保、維持できるのでしょうか。
 それから「著作権」の問題です。展示や出版などの事業を行うにあたり、ノンフィルム資料の権利をめぐる視野は未だに不透明です。フィルム自体でさえ長い間、著作権がいつまで保護され、どうなればパブリック・ドメインと見なせるのか、難しい問題を孕んでいましたが、ノンフィルムはもっと難しい。つまり映画の権利についても判例のないままグレーゾーン的な状況が長く続いていましたが、さらに印刷物としてのノンフィルムの権利自体に明確な法的判断がないため、私はよく「グレーゾーンのグレーゾーン」と呼んでいます。ただこれから先は、法的問題をさらに研究し、こういった非営利事業、あるいは学術目的の使用に対してはハードルを低くするという、アメリカなどではある程度確立した「フェア・ユース」、適正利用という概念をどう日本でも確立するかが大事になると思います。例えば資料館の展示、論文に使いたいなどいろんな目的があると思いますが、権利所有者の方々との間でどうこれを解決すべきかが今後の課題になるでしょう。
 次に「ネットワーク化」ですが、これまで映画資料館の方々の多くは、地元との結びつきをまず大事にしてこられたと思います。もちろん今後もこれは大切なわけですが、これからは全国的な交流やネットワーク化も可能になると思います。つまりそれぞれの館が持つコレクションが何であるか情報を交換し、ひいては資料館同士やコレクターの方々との連携も模索できるようになるでしょう。資料の貸出も盛んになり、さらに多様な企画が実現できるかも知れません。もっともフィルムセンターは国立美術館の一部なので、美術館の責務に則った規程があり、損傷や劣化を防ぐために輸送や展示に際して資料の充分な保全をお願いしています。それが貸出のハードルになることもありますが、美術館の絵や彫刻などに比べると、映画の資料はもう少し気さくでいいとも思います。そういう意味では、ハードルを上げ過ぎないことも大事だと思っています。
 次に「目録化」ですが、資料の目録化はどんな資料館でも最重要ポイントであることは仕事柄明白かと思います。にもかかわらず、どこへいっても予算や人事面でもなかなか上から理解されないのが常でしょう。ここには人材育成やデータベースをどう構築するべきかという問題もあります。フィルムセンターでも、課題は山積しています。
 そして最後に「社会的認知」です。おそらく映画資料保存の最終的な鍵となるのがこれで、例えば、地元社会のバックアップが大きな意味を持つことがあります。最近よく参上している北九州市の松永文庫という資料館があります。松永武さんという方が60年以上にわたって収集した資料を北九州市に寄贈し、市の施設を使って現在公開しているのですが、驚いたのは、地元の新聞やテレビ、市役所、あるいはフィルムコミッションといった地元で映画に関わる方々、さらに地元の企業のバックアップもあって盛り上がりを見せているんですね。これだけ順調に動いている例は私もあまり知りません。
 他にも、大学などの研究拠点、あるいは他の分野の文化機関、例えば資料館や文学館、美術館との協力を視野に入れることで、広い支持を得ることも大事だと思います。10月にその松永文庫のシンポジウムでお話しをさせていただいたのですが、150人ぐらいの会場に7、8割のご来場がありました。映画資料のシンポジウムで百何十人入るなんて、正直申し上げてフィルムセンターでも無理ですよ。

ノンフィルム資料の展開
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 今度は未来のある話をしましょう。ノンフィルム資料には今後どのような展開があり得るのでしょうか。まず先ほど、「生活文化」という言葉を使いまして、フィルムよりむしろノンフィルムの方が世に見える媒体だと申しましたが、当然ながら何もせずに社会の注目を浴びるわけはありません。だから映画資料にも積極的な「プロデュース」が必要です。そしてノンフィルムに関わるひとりひとりがプロデューサーたり得ると思います。私自身も、ノンフィルムのことなど何も知らなかったのに、その価値を展覧会の企画運営を通じて自覚したという経緯があります。フィルムセンターは、1995年に現在の新しい建物になって21年経ちましたが、最初のうちは、展覧会は年1回の開催でした。なぜかというと美術館の他分野、つまり写真分野やデザイン分野と共用だったためです。しかし2002年に映画専門の空間になってからは年2、3回に増え、2009年には年に4企画を開催しましたが、へとへとになったのでまた3つに減らしました。常設展と企画展の部分に分かれていますが、企画展の部分は130㎡くらいで、本格的な資料館としては小さいのですが、小さめの施設から見ればそれなりに大きいわけです。そのような規模で、手を変え品を変え、展示企画を組んで現在に至っています。そんな中で、ノンフィルム資料にどう向き合うかをあらためて考えることになったのです。映画の展覧会として比較的思いつきやすいポスター展であれ、映画監督や俳優、映画会社についての展覧会であれ、現物と対峙していてさまざまなキュレーションの可能性があることに気づきました。そのうち「スチル写真とは何だろう」とか、劇場で売っているあの「映画パンフレットとは何か」について考えてみるという視点で、ノンフィルム資料そのものをフィーチャーする展覧会も企画するようになりました。
近頃はフィルムセンターの資料に、海外からもお呼びがかかります。カナダのモントリオールにシネマテーク・ケベコワーズという機関があります。そこから2009年に、フィルムセンターが収蔵する成人映画のポスターを使って「日本のエロティック映画ポスター展」をやりたいという提案を受けました。日本でもこういうポスターを見たいという閲覧希望者はほとんどいませんし、国立美術館の一組織なので、内部でそういう展覧会をするのもちょっと難しく、貸し出しの希望でもないとなかなか日の目を見ないタイプの資料です。梱包しながら、ピンク映画のポスターに「まさか君たちがカナダへ行くとは思わなかった、何という幸せ者だ」と語りかけました。2015年には、ATG(日本アート・シアター・ギルド)ポスター展を開催したいというので所蔵品をスイスの映画祭にお貸しし、講演も行ったこともあります。まさにこうした例は「プロデュースすること」の意味を感じた機会でした。
 それから2番目の「もう一つのアート」という話ですが、2010年の年明けに、戦後のフランス映画のポスターの展覧会を催したことがあります。新外映配給という会社が昔ありました。フランス映画の輸入というと東和映画という有名な配給会社がありましたが、新外映はそれに続く二番手でした。社長さんがやや「おフランス趣味」な人で、映画ビジネスでは素人なのにお高くとまった感じが今となっては逆に興味深い会社です。戦後16年間だけ活動して1963年に倒産しますが、そのポスターがフィルムセンターになぜか収まっています。寄贈書類がないので、いつどのように入ったのか分かりません。さて、この頃のフランスの映画ポスターは本格的なグラフィック作品です。120cm×160cmという巨大サイズがこの国の基本なので、展示すると相当迫力があります。日本だと誰がポスターをデザインしたか分からないようになっていますが、フランスでは映画ポスターでも作家の権利が確立しています。従って、「フランス映画史」と「フランスのグラフィックの歴史」、そして「日本のフランス映画輸入史」がクロスするような展覧会を構成できました。その後もフィルムセンターでは各国の映画ポスター展を開催しているのですが、映画ファンの皆さんはもちろん、デザインを愛好する方の観客層も増えています。このように「映画作品の副産物」では済まない、アートとしての映画資料を発見することにも意味はあると思います。これも、前任者がカタロギングと現物の整理をしていたからこそ可能だったことで、アーカイブ活動がようやく実った一例といえます。
 それから「親しみやすさ」。現在で言えば、デジタル展開、例えばスキャンされた資料画像のインターネット公開が盛んになっています。著作権の問題があるので何もかもできるわけではありませんが。フィルムセンターでも「NFCデジタル展示室」というページがありまして写真やポスター画像などを公開しています。そこで昔の映画館の写真を公開したところ、テレビ局や雑誌などからのアクセスが随分増えまして、ネット公開の力の大きさを最近痛感しています。フィルム・アーカイブにはポテンシャルとしての大衆性があると私は思いますが、ノンフィルム資料には特にこういうフレンドリーな感覚があるのではないでしょうか。
 それから「キャンペーン」です。先ほどの「プロデュース」もそうですが、やはり黙っていては消えてしまうのがノンフィルムです。例えば、亡き父が持っていた映画資料の価値にお子さんたちが気づいていない、でもとりあえずそのまま家に置かれているという状況が多々あります。だから、映画資料の重要性を社会に広く認識していただく必要があります。ただ、あまり大々的なキャンペーンをすると、受領しても整理が追いつかないという実務的な問題がありまして、フィルムセンターはいま怖くてそれができません(笑)。シネマテーク・フランセーズを設立したアンリ・ラングロワはとても割り切っていて、思い切り人々を扇動して資料も集めたものの、整理については「未来が解決する」というやり方でした。しかし、彼が亡くなって15年もすると本当に予算がついて、設立されたBIFI(映画文献図書館)も後にはシネマテークに合流して、今では職員がノンフィルム部門だけで60人います。ラングロワの言う通りになったわけですね。そういう実例があったことだけは一応申し上げておきます。
 あと、映画資料は、「映画研究」が発展するための大きなジャンピング・ボードになるでしょう。私がフランスに行って思ったのは、フランスの映画研究というと何となく哲学のイメージがあります。例えばジル・ドゥルーズの『シネマ1・2』という本があるように、極めて思弁的な研究のイメージがありましたが、現在は一次資料を用いた実証研究が盛んになっているそうです。その辺はあまり日本では紹介されていませんし、何かフランスっぽくないなと逆に思ってしまいますが、実際はそうなってきています。端的に、BIFIや他の映画アーカイブが頑張って、一次資料が見られるようになったからでしょう。
 あとは「資料管理の専門家集団」と書きましたが、アーカイビングはやはり映画の好きな人間でないとモチベーションが続かないと思う一方、映画愛だけでも続かないという事実もあります。ですから、むしろこれから求められるのは「話の分かる外(そと)の人」といいますか、例えば、IT技術者であったり、紙資料専門のアーキビストといった人々です。そういう方々との連携は決して無駄にはなりません。むしろノンフィルムは紙であることが多いですから、伝統的なアーカイブのノウハウが活かされる場にもなります。現に、先ほどのBIFIの職員の一定数は、「映画はある程度好きだが、本質的には資料のアーキビスト」という方々でした。

ノンフィルム資料の地方性
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 そして、ノンフィルムの地方性について語らなければなりません。ローカリティは大事です。ノンフィルム資料は長年フィルム・アーカイブが積極的に取り組んでこなかった分野でした。だから、長く昔から資料を集めてきたコレクターの方々からは、「フィルムセンターは何もやって来なかったじゃないか!」と思われても仕方がないでしょう。ただこれから、映画資料はようやく、「コレクターの時代」から「資料館の時代」に入ってゆくはずです。そしてコレクターの方々と資料館の方々、それぞれが努力して、良い関係を作ってゆかねばなりません。いま映画資料はいろんなところで宙に浮いていて、受け入れ先を求めています。先ほど申した通り、映画資料館が2010年前後ににわかに増加したのは事実です。写真の冊子はフィルムセンターが発行した「全国映画資料館録2015」というもので、50館もの情報が掲載されていますが、世に露見してきた映画資料の圧倒的な数に比べればまだまだ追いついていません。
 しかし映画資料館は、そこにあるだけですでにもう「キャンペーン」的な存在ではないでしょうか。各地にひとつでも多くの拠点が生まれることに意味があります。「郷土史としての映画」は、これからの重要な研究テーマになるはずですが、それをいちばん豊かに語ってくれる典型的な資料が、大正から昭和初期、戦争までの間に各映画館が刷って、無料で配布していた薄い映画館プログラム、「週報」とも呼ばれるものです。当時の映画ファンの間でもこのプログラムはコレクターズ・アイテムの最右翼でした。これはローカルな資料であるだけに、各地で意識的に集められるべきです。
 またノンフィルムは、時に映画作品以上に“お国柄”も見せてくれます。先ほどフランスの映画ポスターは巨大と言いましたが、一方日本はB2サイズ、つまり51.5cm×72.8cmで、国によってフォーマットはバラバラです。イギリスのポスターなどは横長が基本だったりします。イタリアでは、写真の入った変に縦長の「ロカンディナ」というのがあったりします。フランスのポスターがなぜ大きいかというと、映画館に貼る以上に街中に貼られるためです。街中に円柱状の「コロン・モリス」という映画演劇専用のポスター塔が19世紀からありまして、街の風景として溶け込んでいます。こうしたことは、実はコレクターの方々はずっと知っていました。私たちアーカイブの方が、後で勉強してようやく追いついたのです。
 そして映画の小さな前売券や劇場売りのパンフレット、あとチラシなども実に日本的なノンフィルム文化だと思っています。その土地土地あるいは国々の映画資料の形も、今後の研究の主題になり得るでしょう。そこから「日本映画宣伝史」のような本が今後現れるべきではないかとも感じています。
 
 最後に申し上げたいのが、ノンフィルムはただの「資料」かも知れませんが、ひとつひとつ誰かが作ったものだということです。例えばここに若い頃の高倉健の写真があったとしましょう。先ほどフランスのポスターの話で、ノンフィルム資料にもひとつひとつ美を見つけることができるという話をしましたが、健さんの写真も素晴らしいひとつの作品です。
 いまでも健さんの作品のスチル写真を撮ってきた方のお話を聞くことができます。遠藤努さんという方で、一時は健さんの付き人のようだったスチルマンさんですが、この方から伺った素晴らしい話があります。それは、俳優をいちばん美しく撮るライティングについてです。写真界ではよく言われることでしょうが、やはり「レンブラント・ライティング」だというんですね。まず後ろ45度、高さ斜め45度の角度で光を当てる。そして正面からも光を当てる。正面からの光は、その斜めから当てる光のだいたい2分の1から3分の1の量にすると女優さんがもっとも美しく見える。男優の場合はもう少し正面の光を落とすとよい。そして、ヤクザ映画の場合は5分の1から10分の1まで落とすといちばんいいのだそうです。レンブラントの時代には照明がありませんから、窓の開け閉めで調節したそうですが、これが現代の、20世紀の任侠映画のスチルを撮る技術にも活かされているというわけです。素晴らしいお話だと思いませんか。ノンフィルムを考えるにあたって勇気づけられるエピソードです。
 
 近年、映画アーカイブの話題は世の中で増えていますけれども、思っている以上にフィルム・アーカイビングというのは、アーティスティックで、ポエティックで、ことによってはセクシーかも知れないとさえ思っています。その意味では、こういう「ノンフィルム語」といいますか、「ノンフィルムに浸る体験」も大いに役に立つのではないかと思っております。こんな話でも「概論」と言えるのか、いろいろな思考の切り口のようなものを少し提供したに過ぎないのですが、これにてお話を終らせていただきます。どうもありがとうございました。
 
 
板倉:岡田さんどうもありがとうございました。ノンフィルムとは何か?というところから、さらにノンフィルムの課題、そして今後の可能性といったところまでお話し頂いて、今回の2日間のイベントで議論されるであろうテーマを俯瞰することのできる貴重なご講演でした。本当にありがとうございました。

 

順次公開を予定しています。
記録② 実践報告
記録③ ディスカッション


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