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山際永三資料室

鈴木義昭(映画史研究家/ルポライター)

●はじめに
神戸映画資料館「神戸発掘映画祭2018」において近年発掘された『狂熱の果て』を上映、山際永三監督をお招きしてトークショーを行うこととなりました。上映に際して、また今後の「山際永三および山際作品」研究の一助にすべく、この間に発掘された関連資料や記録等を中心に、山際監督の許可を得て公開したく思います。このページを、名づけて「山際永三資料室」とさせていただきます。
長年、熱烈なファンを持ちながら、多様でジャンルの異なる映像現場に挑み続けた山際永三。その全貌は、ともすればわかりにくい映画監督、映像作家の一人と常々言われてきました。しかし、そのわかりにくさこそが、その道筋こそが、山際永三のラディカルさの証とも言えましょう。劇映画、ドキュメンタリー、テレビドラマ、PR映画、演劇記録など多様な映像作品を追い求めながら、時代と格闘した山際永三の作品歴を、出来る限り紹介したく思います。その出発点にある、長く行方不明だった処女作『狂熱の果て』が原版から発掘された今こそ、山際永三の遙かな軌跡を検証すべき時が来たと言えるのではないでしょうか。
山際永三とは、誰だったのか。その軌跡とは、何だったのか。本質的で根源的な問いかけと解明に向けて、「山際永三資料室」を開設いたします。これは、ひとつの始まりです。

 

『狂熱の果て』スチール集 提供:山際永三

可憐な美少女の高校生・ミチ(星輝美/右)に言い寄る大学生・北茂(鳴門洋二/左)

トランペット吹きの陽二(藤木孝/左)とミチ(星輝美/右) 「六本木族」の赤裸々な性が描かれる

美少女ミチ(星輝美)を取り合う陽二(藤木孝/右)と茂(鳴門洋二/左)は、海岸で対決することに

井上ひろし(右)と藤木孝(左) 井上と藤木のステージシーンもたっぷり魅せる!

少女はさまざまな誘惑と狂熱の中を疾走する 星輝美(下)と藤木孝(上)

星輝美(左)は新東宝撮影所末期最も期待されたニュースターの一人だった。藤木孝(右)

 

『狂熱の果て』ポスター集 提供:東舎利樹

封切り公開時劇場用ポスター 半裁版

公開時劇場立て看板用ポスター

『狂熱の誘惑 けもの』ポスター
『狂熱の果て』は『狂熱の誘惑 けもの』改題され上映されていたようだ……。
配給会社大宝消滅後「新日映配給」の名前で作られた問題のポスター! 
真相は、神戸発掘映画祭・山際永三トークであきらかに?

 

●略歴
1932年7月22日、兵庫県生まれ。映画監督、演出家。東京、麻布高校を経て慶応大学文学部仏文科を55年3月卒業。同年4月、新東宝撮影所助監督部入社。内田吐夢、並木鏡太郎、石井輝男、三輪彰らに師事。文芸作品から娯楽アクションまでさまざまな作品の現場に助監督として付いた。61年、新東宝倒産。その後、配給部門が大宝という新会社を立ち上げたのを機に、石井輝男を通じ交流のあった新東宝のプロデューサー佐川滉の佐川プロで監督デビューのチャンスを掴む。新東宝のニュースターだった星輝美、ロカビリー歌手として人気だった藤木孝らを主演に撮った初監督作品『狂熱の果て』は、同年秋劇場公開。公開された『狂熱の果て』は賛否両論があったが、高く評価する声もあり「映画評論」誌1961年日本映画ベストテン第8位。山際は「遅れてきたヌーヴェルヴァーグ」の新人監督として各方面から注目された。しかし、その後山際に劇場用映画登板の機会はなく、撮影所残留組の社員らとともに旧新東宝の後継会社である国際放映の社員となり、以後数多くのテレビ映画を監督する。視聴率も高く人気作品だった「チャコちゃん」シリーズ(64~67年)、「コメットさん」(67~68年)、「ウルトラマン」シリーズ(71~75年)、「あばれはっちゃく」シリーズ(79~80年)などには少年少女期からのファンが多く、山際演出にオマージュを捧げる論考も多い。隆盛期にあったテレビに興味を感じたことと、ドキュメンタリー作品など商業映画と違うジャンルへの思いも深く、60年代~70年代を独自の道を歩んだ。「監督はフリーになれ」といわれ、65年からはフリー契約。各社から多くのテレビ作品を発表することになる。「恐怖アンバランス劇場 仮面の墓場」(69年)など、隠れた傑作といわれる作品も多い。『罠』(67年)『炎1960~1970』(67年)など自主映画のドキュメント作品にも意欲的な取り組みを見せた。新東宝撮影所時代から文章家としても知られ、映画雑誌などにレポート、評論を数多く寄稿している。日本映画監督協会に所属し、長年常務理事を務め映画監督の「著作権問題」について多くの活動、発言をしている。末期新東宝撮影所の組合運動に始まり、社会問題への関心は高く、さまざまな冤罪事件、冤罪裁判に対する抗議、究明の活動を長年されてきたことはよく知られている。並木鏡太郎「京都花園天授ヶ丘・マキノ撮影所ものがたり」(愛媛新聞社)刊行に尽力するなど、日本映画史研究への造詣も深い。恩師の石井輝男が亡くなると、石井プロ製作3作品の版権管理をする石井輝男プロダクションの取締役に就任。大宝解散後に行方不明となった監督デビュー作『狂熱の果て』フィルム原版の所在を、入念な調査で捜し当て自力で最善のプリントを焼き国立アーカイブに寄贈した。大宝はこの世になく、『狂熱の果て』の著作権は山際永三監督に戻ったと見なされた。まさに「迷子フィルム」探索の問題と長年取り組んだ「著作権問題」が新局面を迎えたと言っても良いだろう。2018年9月、回想録とも言える「監督山際永三大いに語る 映画『狂熱の果て』からオウム事件まで」(彩流社/聞き手・内藤誠、内藤研)が刊行された。

 

山際永三作品歴(製作中)

1961年 『狂熱の果て』 佐川プロ製作/大宝配給/78分/35mm/星輝美、松原緑郎、藤木孝ほか出演
1962年 『くらしの歌』 CX 4月「ネオン野郎」、6月「アジアの友」、9月「い草を刈る人々」 モノクロ20分の生活ドキュメンタリー
1963年 『全員降下せよ』 NAC・CX 5月~夏
1964年 『いつか青空』 NAC・TBS 15分昼帯/月曜日~金曜日
『求婚』 国際放映・TBS メロドラマ/15分帯(?)/中村真一郎原作、高橋尚平脚本
『チャコちゃん社長』 国際放映・TBS 30分枠週1回放映/四方晴美主演
1965年 『チャコちゃんハーイ!』 国際放映・TBS 30分週1回放映/四方晴美主演 ※フリー契約
1966年 『チャコちゃん』 国際放映・TBS 30分枠週1回放映/四方晴美主演
『泣いてたまるか』 国際放映・TBS 4月、10月放映2本/渥美清主演
1967年 『ハッスル奥様』 国際放映・TBS ホームドラマ/悠木千帆(後の樹木希林)主演
『チャコねえちゃん』 国際放映・TBS 開始2話のみ
『罠』 11月公開/16mm/草月実験映画祭奨励賞受賞
『コメットさん』  国際放映・TBS 1968年一杯/九重佑三子主演
『泣いてたまるか』 国際放映・TBS 10月放映1本/中村嘉葎雄主演
『炎1960~1970』 1967年6・15記念集会(日比谷野音)で上映予定だったが内ゲバにより上映不能に。1968年完成/自主映画製作協議会/12分/16mm/1993年山形ドキュメンタリー映画祭出品
1969年 『どんといこうぜ』 大映テレビ・TBS 30分枠週1回放映/1~6月
『胡椒息子』 大映テレビ・TBS 30分枠週1回放映/7~10月
『恐怖劇場アンバランス 仮面の墓場』 円谷プロ・CX 60分枠/五社英雄アワー/唐十郎、緑魔子出演/11~12月撮影/市川森一脚本
1970年 『一心太助』 東映京都制作所・TBS 30分枠週1回放送/12月~8月
『ジキルとハイド』 東京映画・東宝・CX 60分/五社英雄アワー/11話・13話(最終回)を担当/放送中止となり1973年深夜枠で初放送
『新プロフェッショナル』 NMC・TBS ニッサンプロ/60分枠週1回放送/探偵事務所もの/佐々木守脚本
1971年 『剣道まっしぐら』 京都映画・TBS 30分枠週1回放送/1~5月
『帰ってきたウルトラマン』 円谷プロ・TBS 30分枠週1回放送/6~10月
『シルバー仮面』 宣弘社・TBS 30分枠週1回放送/11~12月
1972年 『ウルトラマンA』 円谷プロ・TBS 30分枠週1回放送/3月~1973年12月
『猿飛佐助』 東映京都制作所・TBS 30分枠週1回放送/10月~12月
1973年 『日本の産業』 出演/NET/スタジオ生番組(白黒)/4月~1974年3月
1974年 『ウルトラマンタロウ』 円谷プロ・TBS 30分枠週1回放送
『君待てども』 円谷プロ・東海テレビ 30分昼帯放送
『日本沈没』 東宝映像・TBS 60分枠週1回放送
1975年 『ウルトラマンレオ』 30分枠週1回放送/1月最後2話のみ
『幸福ゆき』 大映テレビ・TBS 30分枠週1回放送/6月~7月
『それ行け! カッチン』 国際放映・TBS 30分枠週1回放送/10月~1976年5月/佐々木守脚本
1976年 『ぐるぐるメダマン』 東映テレビプロ・テレビ東京 30分枠週1回放送/6月~12月
1977年 『小さくても命の花は』 NMC・CX 30分昼帯放送/2月~3月
『未亡人・有希子』 CAL・CX 30分昼帯放送/4月~12月
1978年 『ぼくどうしたらいいの』 CAL・CX 30分昼帯放送/
『愛よ命よ』 CAL・CX 30分昼帯放送
1979年 『俺はあばれはっちゃく』 国際放映・テレビ朝日 30分枠週1回放送/78年11月~79年12月
1980年 『男! あばれはっちゃく』 国際放映・テレビ朝日 30分枠週1回放送/1月~5月(1話・2話のみ)
『サンキュー先生』 国際放映・テレビ朝日 60分枠週1回放送/6月~1981年2月/西田敏行の先生もの
1981年 『彫刻の森の彼方』 CX・タスク 箱根彫刻の森美術館のドキュメンタリー
『ドラマ・人間』 東映制作所・テレビ朝日 1本だけ/「米軍ファントム墜落事件」/60分
『おてんば宇宙人』 国際放映・日本テレビ 30分枠週1回放送
1982年 『子ども傑作シリーズ』 東映制作所・テレビ朝日 30分枠週1回放送/児童文学を原作に1話完結
1983年 『ちびっ子かあちゃん』 東映制作所・TBS 30分枠週1回放送/山中恒原作
1984年 『あじわいの岡山路』 山陽映画 1983年2月~1984年5月/岡山県の観光ドキュメンタリー

※以後、2006年まで映像作品なし。失業中(本人談)。

2006年 『火の日のじけん』 北村想作・山際永三演出舞台「火の日のじけん」(劇団駄菓子屋第7回公演4月23日)ドキュメント/撮影・編集白石雅彦/118分
2008年 『裁判員制度とともに導入される被害者参加制度の実態を示す演劇的試み』 死刑廃止フォーラム90集会(6月21日)での演劇ドキュメント/作・演出山際永三/撮影・編集白石雅彦/20分
2012年 『警視廳取調室第三七號』 1948年の帝銀事件取調べ可視化劇(5月10日)のドキュメント 演出山際永三/撮影・編集白石雅彦/22分
2016年 『日本映画監督協会創立80周年記念シンポジウムのために』 協会史紹介映像ドキュメント/作・演出山際永三/5分
『冤罪を作り出す「取調べ」―狭山事件の場合』 製作狭山事件の再審を求める市民の会/台本・演出山際永三/撮影境哲也/編集白石雅彦/7月製作

※記述はいずれも公開年

 

山際永三 特別寄稿
発掘映画祭にて

 私の特集上映(2018年10月28日)をやってくださり、感謝です。わざわざ遠くから来てくださった方も多く、50年以上前の1960年代を思い起こした方もおられたようで、私自身、一度は見捨てた我が子(作品)に再会するという不思議な体験をしています。
 『狂熱の果て』は、私が入っていた撮影所が崩壊し、労働組合運動も挫折し、どうしようもない絶望感のなかで「エログロなぜわるい」と開き直って作った経緯があり、観客を挑発しようというような生硬なものになっており、賛否こもごもだったのです。それが57年後になって、閉塞状況、格差社会、オリンピック騒ぎなど似ている状況のためか、オーファンフィルムの発見という珍しさのためか、関心をもってくださる方がいるという、思わぬ展開になっています。

 上映・トークが終わったあと、一人の方が、私の若いころの評論文(第1次「映画批評」)は読んでいたと言われ、しかし、映画というものは具体的な表現には向いているが、観念の表現には不向きであって、『狂熱の果て』における登場人物のブルジョワとかファシストとかの役割り付けからくる観念は、映画として未消化ではないのかというような趣旨のことを言われました。私は、確かに観念をそのまま押しつけるような部分もあると認めて、「そうかもしれませんね」と答えました。
 しかし、映画が観念の表現に不向きという映画観の裏には、文学でなら観念の表現ができるとの芸術観があるような気がして、映画の具体的表現と観念表現の共存は不可能なのか? と改めて自問してみました。映画は具体的なものを大切にしなければならないとの自縛から、観念は抑制して、感情表現を主にして、多くの日本映画が作られてきたことが、日本映画の宿弊となってきたのではないか、愛とか人情とかで観客を泣かせたり笑わせたりする日本映画が主流を占めてきたことこそ、日本映画の退廃ではないか、と考えざるを得ません。

 私の特集上映の前に、私が生まれた1932年に作られた『琉球実話・執念の毒蛇』が上映されました。サイレント映画で音楽と弁士の声が後付けされたものです。製作当時はハワイやアメリカ東部の日本人街で大当たりした映画とのことです。しかし話の運びとしてはチンタラチンタラ(だらだら)したもので、いかに日本文化に飢えていた当時の移民たちも退屈したのではないかと思われる作り方になっています。映画のテンポというところでは、この映画の30年後に作られた私の『狂熱の果て』は57年後の現在見ても、まあまあのテンポで、この『狂熱の果て』をはさんで、前の30年と後の57年という時代変化と映画史上の位置付けをどうしたらいいのかなどと考えながら見ていました。ところが、後半になって、主人公の男に裏切られた女の執念が毒蛇になって現れ、お化け映画の様相を見せはじめるや、俄然面白くなりました。この復讐のモチーフこそ、琉球の伝統であり、私が日本映画に求める観念(思想性)です。見終わって、このサイレント映画に共感し、こうしたフィルムが保存されブルーレイで見ることができることは非常に良いことだと思いました。

(2018.11.1)

神戸発掘映画祭2018
山際永三監督特集:『狂熱の果て』 参考上映と山際永三トーク

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