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「2020年の堀禎一」に寄せて③
世界を再構成するアングル

渡邉寿岳

→上映プログラム「2020年の堀禎一」

「この滝をどう撮ったらいいか分からないんだよねえ」

その滝は大沢の集落から整備された道路を歩いて5分程のところにあった。天竜区連作のひとつのタイトルにもなっている釜下ノ滝とは別の滝で、連作内にも何度か登場する小さな滝だ。細い滝の横に岩肌を伝う水滴の途がいくつもありポタポタという音でそのあたりは満ちていた。あーでもないそーでもない、いや、それはいくらなんでも滝から離れすぎでしょう、などとカメラの位置を変えながらしばらくやっていたが納得するカメラポジションは見つけられなかった。堀さんが水源を見に行けばヒントが見つかるもしれないと言い出した。2人で三脚とカメラを担いで杉林の斜面を川伝いに登り始めた。

来年の夏に映画を撮ろうとしており撮影を君にお願いしたいと思っている。それにあたり大沢での発見を踏まえた上で撮影に臨みたいので一緒に行きませんか?といった旨のメールが来たのが僕が堀さんの大沢行きに同行する始まりだったと記憶していたのだが、Gmailをいくら検索してもそのメールがない。電話だったのだろうか。それにしても堀さんのメールは長い。尾上さんの文章にもあったように堀さんは長電話魔なのだが、メールも長い。僕の大沢初訪問の時点で堀さんは天竜区連作の『冬』までを撮り終えていた。『冬』の後の2015年10月、秋。僕の車で行くことになった。運転手は堀さんだった。道中、堀さんは大沢で撮る次の作品でローアングルを試してみたいと説明してくれた。それまでの作品では別所賞吉さんが語ってくれる話をオフで音声のみ使っていたが、次作では別所さんが話している映像も使いたいのだという。別所さんは畳に座って話すのでカメラを別所さんの目線の高さに合わせるとカメラはローアングル気味になる。そのカットと大沢の風景をカットバックするとカメラの高さをそんなに変えないほうが繋がりが良いのではないかということだった。堀さんが持っていたVelbonのビデオ三脚はカメラの最低地上高がせいぜい60cmだったので普段の撮影現場で言うところのローアングルよりはやや高いと思ったが、今までその三脚だけ使って連作を撮影していたので画の感じの統一感のためにもそのまま使うのが良いだろうということになった。初訪問は2日間滞在し、おぼすな(産土)さまという氏神の祭の撮影をした。帰り道の車中、「ローアングルってのはカメラの高さではないということが分かったよ」と堀さんは嬉しそうに言っていた。「ローアングルは世界を再構成するアングルだね」

滝の水源はそんなに遠くなかった。1時間程度登ると山の斜面の中腹に1辺1mぐらいの四角いコンクリートのブロックがあった。それが水源だった。どうやらポンプで人工的に湧き水を汲み上げてるようでブロックの内部で大量の水が流れてる音が反響して聞こえた。ブロックの天面が鉄格子の網になっていて汲み上げられた水が時折そこから大量に溢れ出ていた。生き物の呼吸のようだった。それを撮影した。良いものを見たねえ、などと言いながら大満足で僕らは川を下った。滝の上に出た。水源を見てからだとこの滝が思ってたより可愛い慎ましいものに思えるね、などと話した。カメラを置いた。手前に滝口をナメてその奥に川、川の上にかかる道路、道路の向こうは山の斜面になっていてそこに生える杉が後景。面白いショットが撮れた。「このショット、自然ですけど不思議ですねぇ」と僕が言うと、「それは君がローアングルにカメラを置いたってことだよ」と堀さんは言った。こう書いてるとアホの会話みたいだ。

そして『夏の娘たち』の撮影に挑んだわけだが、大沢での経験が活きたか?と問われると正直それどころではなかった。僕も同行したリサーチのためのプレロケハンで見つけた場所がNGになり、ロケ地探しは難航した。ようやく長野県上田市と隣接する青木村を中心に撮ることが決まったが、その時すでに僕がロケハンに参加できる日程は残されておらずそのまま撮影初日を迎えた。小規模とはいえ初商業であるし、速水今日子さん、志水季里子さんを始めとしたベテラン俳優さんたちと仕事する緊張感もあった。そんななかで西山真来さん、佐伯美波さんら同世代の俳優さんたちが一緒なのが心強かった。よく聞かれる『夏の娘たち』のカクカクズームだが、あれらは堀さんの判断で行ったものと僕の判断で行ったものとがある。初号試写を見て、堀ズームは俳優への、画面への、そしてカメラへの演出として紛れもなく機能しているが、私のそれはスタイルに留まってしまっていた。その差。そこに横たわる道程を思い知った。

最後に直接会ったのはポレポレ東中野での映写チェックだった。映写してくれた劇場スタッフIさんを除くと、僕と堀さんの2人だけだった。編集で何度も見ているのだろうに、堀さんは「なに言ってんだこいつ」「馬鹿だねえ」とツッコミながらスクリーンを見てた。チェックが終わり劇場を出た時に堀さんが「君もたくましい顔つきになってきたねえ」と言った。「結婚して太ったからじゃないですか」と返すと、「それもあるけど顔つきが変わったよ」と笑っていた。最後に話したのは電話だった。(そういえば堀さんと最初に話したのも電話だった。面識が無いのに1時間以上も話したのだった)『夏の娘たち』を見た堀さんの旧知の方が、撮影が良くないねと言っていたことを僕に伝えるためだった。

「まぁ君ね、こういう意見もあるということをちゃんと聞いておいた方が良いよ。とっても難しいことなんだけどね」

時折、撮影の現場でカメラが邪魔に思える時がある。カメラをどう扱ったらいいか、どこに置いたらよいかと頭を抱える時がある。堀さんがカメラの規律に従っていたことを思い出す。フィルムカメラのようにSONY VX2000を扱っていた。『ホーリー・モーターズ』のドニ・ラヴァン演じるオスカーは「昔 カメラは私の頭より大きかった それが今や目に見えないほど小さい」と嘆く。そんな時代のカメラの規律に従い、ローアングルにカメラを置くことに堀さんは挑んでいたように思う。

兄としては齢が離れすぎているし、父としては近すぎる。成人してから仲良くなった腹違いの兄とかこんな感じなのかな?と言ったら勝手に親しみを込めすぎだろうか。『夏の娘たち』の現場ではリスペクトし過ぎてしまったと反省することもある。一緒に何かをしたと言えばそう思うが、特に何もしていないと言われたらそんな気もしてくる。思い返されるのは堀さんの声ばかりである。

→上映プログラム「2020年の堀禎一」

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