連載:作品詳細は不明です 1
第一回 ドロシー・ギッシュの喜劇『リトルミーナの恋』
いいを じゅんこ(古典喜劇映画上映委員会代表・クラシック喜劇研究家)
「作品詳細は不明」は、私のお気に入りのフレーズです。いきなり何だ!?と思われるでしょうが、例えばどこかで古いフィルムが発掘されたり、アーカイブ機関の所蔵するプリントに接したりした時に、「製作年や原題は不明」とあるのを見ると、「調べたい!」という欲求がむくむくと頭をもたげてくるのです。
この性分のせいで、頼まれてもいないのに調査を名乗り出て、現存しないとされていた作品のフィルムすなわち「ロストフィルム」の発掘につながったことも何度かありました。このような幸運に恵まれるのは、逆に言えば、日本国内に世界中のロストフィルムがまだまだ眠っていることを意味します。まさに宝の山!
詳細不明の作品を同定していくのはとても愉しい仕事です。物理的なフィルムの発見が「第一の発見」だとすれば、フィルムに焼き付けられた作品の謎を解明するのは「第二の発見」と言えるかもしれません。フィルムの発掘はよく探偵業に譬えられます。いくつもの発見の段階があることが、フィルムアーカイブの世界をスリリングなものにしているのです。
わたしの調査の対象は専門である欧米無声喜劇映画がメインになるのですが、幸いな(?)ことに、小型映画や玩具映画など家庭鑑賞用に販売されて残っているフィルムには、コメディがとても多い。百年前もお茶の間で一家そろって楽しんだのは、やはり喜劇などのエンタメ映画だったのでしょう。
神戸映画資料館では、所蔵する9.5ミリフィルムのデジタル化を橋本英治さんが中心となって進めておられます。昨年、その詳細不明の欧米作品を一部調査し、「神戸発掘映画祭2024」で橋本さんの隣で報告する機会をいただきました(実はその際も貴重なロストフィルムの発見があったのですが、それについてはまたいずれくわしくご紹介したいと思います)。
その後も調査に関わる中で、田中支配人から「せっかくだからウェブスペシャルで紹介してはどうか」とありがたいお声がけをいただき、シリーズのコラムとして書いていくことになりました。
前置きが長くなりましたが、第一回は、資料館所蔵9.5ミリプリントの中から見つかったドロシー・ギッシュ主演のロマンティックコメディを取り上げます。先に結論を言うと、この作品はロストフィルムではありませんでした。しかし、これまで専門家さえ目にする機会のなかったきわめてレアな作品であることがわかりました。
『リトルミーナの恋』
所蔵プリントにはこのようなクレジットが見えますが、正しくはLittle Meena’s Romance(1916)です(日本公開の有無は不明)。原題は橋本さんがすでにつきとめていました。ただ、9.5ミリ版はLittle MeenaではなくMinnieとなっていて、題名に異同があるため、念のため確認作業に入りました。
アメリカ議会図書館のウェブサイトで著作権登録コレクション(Motion picture copyright descriptions collection. Class L, 1912-1977)のデータベースにあたると、Little Meena’s Romanceのシノプシスの複写が見つかりました。登録日は1916年11月17日で、筆者は脚本家のF. M. Pierson。このシノプシスとMinnie’s Romanceをつき合わせた結果、『リトルミーナの恋』の短縮版であると確定できました。
以下、シノプシス(拙訳)に沿って本編映像を観ていきましょう。
ペンシルヴェニアの小さな町に暮らすドイツ系移民(註)の少女ミーナ(*9.5ミリ版ではミニーMinnie)は父親(*叔父)との二人暮らし。フォン・リッツ伯爵(*Count Louis de Rungis フランス貴族の設定?)は困窮しており脱水機の行商で生計を立てている。ミーナは彼と恋に落ちる。
彼は突然故郷から送金を受け、ミーナの人生から姿を消す。
やがてミーナの父親が全財産を遺して亡くなる。ミーナは大きなカバンを抱えてニューヨークに住む裕福な叔母の家へ移る。
スノッブな親戚たちはミーナを軽蔑する。きれい好きのミーナは石の階段を磨くのが日課だった。彼女がお金を持っていることを知ると親戚たちはちやほやし始める。
偶然フォン・リッツ伯爵が現れる。伯爵はミーナの従姉妹と知り合いだった。伯爵はミーナを女中と思いこみ、ミーナは伯爵が本の行商をしていると思いこむ。
ミーナたちは公園で毎週逢瀬を重ね愛を深めていく。
伯爵はミーナにプロポーズし2人はすぐさま結婚する。
その夜ミーナは家に帰らなかった。彼女を心配した叔母と従姉は翌朝伯爵のアパートへ行き2人の結婚を知る。
そこで初めてミーナは自分の夫が伯爵であると知り、伯爵は自分が裕福な相続人と結婚したと知るのだった。THE END
5巻の長編であるオリジナルを、9.5ミリ版2巻はうまく「要約」しているのがわかります。わずか5分半ほどの映像ながら、この作品がチャーミングで優しさに満ちた秀作だったことが十分伝わってきます。
『リトルミーナの恋』は、トライアングル・フィルム・コーポレーションの配給作品です。トライアングル社はミューチュアルの元社長ハリー・エイトケンが1915年に設立。D・W・グリフィス、トマス・インス、マック・セネットの三巨頭を擁し、それぞれが指揮する製作会社が存在しました。
『リトルミーナの恋』はグリフィスが統括した「ザ・ファイン・アーツ・フィルム・カンパニー」の製作で、監督はのちにユニバーサルのブルーバード映画で名を馳せるポール・パウエル(ポウエル表記もあり)。公開当時のレビューを読むと批評家からの評判は上々でした。

Moving Picture World 1916年4月1日号(出典 Media History Digital Library)
主演のドロシー・ギッシュは言わずと知れたリリアン・ギッシュの実妹。彼女がコメディエンヌとして無声映画期全般にわたって活躍したことは、残念ながら今ではほとんど知られていません。『世界の心』(Hearts of the World 1918)などグリフィス作品への出演は知られているものの、映画史的にはどうしてもリリアンに多くの記述が割かれ、妹ドロシーがあまり注目されてこなかったのは事実です。
無声喜劇映画史家のスティーブ・マッサ氏は著書でこう書いています。
出演作の実に98パーセントのフィルムが失われているせいで、ドロシー・ギッシュのキャリアは姉リリアンの不朽の名声の影に隠れてしまっている。
(Slapstick Divas: the Women of Silent Comedy 2017)
なんと98パーセントの作品が失われている!
ドロシーがコメディエンヌとして花開いたのは1920年代だったともマッサ氏は述べていますが、20年代作品でさえ数本しか残っていないのが現状です。
マッサ氏はわたしが師と仰ぐ無声喜劇の生き字引のような専門家で、作品調査でもたびたび助言をもらっています。彼に9.5ミリ版『リトルミーナ』を見てもらったところ、この作品の映像を観たのは初めてだと驚いていました。ドロシーの喜劇作品はそれほどまでにレアなのです。
コメディエンヌとしてのドロシーは「フレッシュで快活」な魅力があったとマッサ氏は書いており、『リトルミーナ』からもそれは見てとれます。例えば、
突然現れた謎のセールスマンを怪訝そうに見る表情や
親戚たちをギャフンと言わせるトボけた演技。
決して大仰な芝居ではないのに、コミカルな妙味が滲み出ている。素朴な田舎娘でありながら賢さと芯の強さを感じさせる。相手役のオーウェン・ムーアの不器用であたたかなキャラクターとも抜群の相性です。ドロシーとオーウェン・ムーアは本作の前後にも2本のトライアングル=ファイン・アーツ作品で共演しており、名コンビだったことをうかがわせます(オーウェン・ムーアは当時メアリー・ピックフォードの夫でした)。
ドロシーは1915〜1918年の間にファイン・アーツで10本ほどの長編に出演しましたが、そのほとんどが失われています。トライアングル社の盛衰をまとめたDreams for sale; the Rise and Fall of the Triangle Film Corporation(1971)には『リトルミーナ』のスチール写真が掲載されており、キャプションにこうあります。
ドロシー・ギッシュは軽喜劇のコメディエンヌとして名声を得た。彼女は20年代の作品で知られるが、『リトルミーナの恋』のようなトライアングル時代の作品は今日では忘れられてしまっている。
ところでこのコメントを読むと、著者は『リトルミーナ』の全編を観ていたのかも?という別の関心も湧いてきます。観たからこそわざわざこのタイトルを取り上げたのではないか?50年前には個人のコレクションなどに全編のフィルムがまだ残っていたのかもしれません(もちろん今もどこかに眠っている可能性はあります)。
いずれにしてもこの頃すでに、ドロシーの喜劇作品は顧みられなくなっていました。
フィルム情報
『リトルミーナ』はロストフィルムではないと最初に書きましたが、神戸映画資料館所蔵の9.5ミリ版以外にどんなプリントが現存するのかは、実ははっきりしていません。国際フィルム・アーカイヴ連盟(FIAF)のデータベースによれば英国映画協会(BFI)に所蔵があるようですが、巻数やフィルム形態などは不明です。
9.5ミリ版は1926年発行のパテ・エクスチェンジ(通称パテックス。仏パテのアメリカ支社)のカタログに発売の記録が見いだせます。

(Catalogue of Pathex Motion Pictures for the Home 1926)
不思議なことにこの粗筋では、フォン・リッツ伯爵はバーティという英国貴族になっています。また、パテックスのカタログナンバー「D17」の「D」はドラマのカテゴリーを意味しますが、資料館版のタイトルにはコメディと書かれています。そもそも資料館版は題名が違っています。これらを踏まえると、神戸映画資料館所蔵の9.5ミリプリントは、別の会社が字幕を差し替え再編集して発売したものである可能性が高いと判断できます。
最後に
ドロシー・ギッシュのような映画人が正当な評価を受けてこなかった要因は、実はけっこう単純で、「作品を目にする機会がない」ことに尽きます。わたし自身、『リトルミーナの恋』の調査をきっかけにドロシーの喜劇に初めて興味が湧き、DVDで観られる数少ない作品の一つ『ネルギン』(Nell Gwyn 1926)を観てみました。実在した英国王の愛妾ネル・ギンの役を、ドロシーは生き生きとウィットに富んだ演技で魅力的に演じています。何より驚いたのは彼女がとびきりセクシーであること!

(出典:インターネット・ムービー・データベース)
このように、たとえ断片的なフィルムの映像であっても、そこから無声映画人の忘れられた才能を掘り起こすことができます。映画史の欠けたパズルを埋めていく作業は正史をアップデートする挑戦であり、ワクワクさせられるものです。
フィルムの「第二の発見」とも言える作品同定の面白さをこれからお伝えしていければと願っています。どうぞよろしくお付き合いください。
*註:原文ではlittle Dutch girlとあり直訳すれば「オランダ系の少女」だが、当時ペンシルヴェニア州に居住していたドイツ系移民および彼らが話す言語はDutchと呼ばれていた。『リトルミーナ』はこのペンシルヴェニア・ダッチを描いた移民物語でもある。
参考:
Massa, Steve. (2017). Slapstick Divas: The Women of Silent Comedy BearManor Media
Lahue, Kalton C. (1971). Dreams for sale; the rise and fall of the Triangle Film Corporation South Brunswick, A. S. Barnes
アメリカ議会図書館 著作権登録コレクション(Motion picture copyright descriptions collection. Class L, 1912-1977)
https://www.loc.gov/item/s1229l09541
Silent Era: Progressive Silent Film List
http://www.silentera.com/PSFL/data/L/LittleMeenasRomance1916.html
(2025年4月7日最終閲覧)
作品情報:
Little Meena’s Romance 五巻 喜劇、ドラマ
公開日:1916年4月9日(米国)
日本公開:不明(邦題確認できず)
監督:ポール・パウエル Paul Powell
脚本:F・M・ピアーソン F.M. Pierson
監修:デイヴィッド・ワーク・グリフィス D.W. Griffith
出演:ドロシー・ギッシュ(Dorothy Gish ミーナ・バウアー)、オーウェン・ムーア(Owen Moore フレデリック・フォン・リッツ伯爵)、フレッド・J・バトラー(Fred J. Butler マシュー・バウアー)、フレッド・A・ターナー(Fred A. Turner ミーナの叔父)、ケイト・トンクレイ(Kate Toncray ミーナの叔母)、マーガレット・マーシュ(Margaret Marsh ミーナの従姉妹)、ジェームズ・オシェア(James O’Shea ミーナの従兄弟)、ウイリアム・H・ブラウン(William H. Brown 執事)
製作:ザ・ファインアーツ・フィルム・カンパニー
配給:トライアングル・フィルム・コーポレーション