今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW

展覧会カタログ「戦後フランス映画ポスターの世界 東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵《新外映コレクション》より」

編集:東京国立近代美術館フィルムセンター
発行年月:2010年1月
現在、東京国立近代美術館フィルムセンターで「戦後フランス映画のポスターの世界~東京国立美術館フィルムセンター収蔵《新外映コレクション》より」が公開されている。そこでは戦後、1948年、フランス映画輸出組合日本事務所(SEF)として発足されてから、日本にフランス映画を中心に数々の名作を届けた新外映配給株式会社が、その幕を閉じる1963年まで公開してきた世界的傑作と言えるフランス映画のポスター群-フランスのオリジナルポスター版64点と日本版16点-が公開されている。中でも例えばロベール・ブレッソン(『田舎司祭の日記』)、ジャン・ルノワール(『獣人』)、マルセル・カルネ(『悪魔が来る』)、ルネ・クレマン(『太陽がいっぱい』)、ジャン・コクトー(『輪舞』『歴史は女で作られる』)、ジャン=リュック・ゴダール(『女は女である』)等、歴史的名監督たちによる作品のフランス版映画ポスターは、展覧会の中でも映画ポスターたち自身が持つ美的価値としての艶やかさを見せている。

このように映画文化のアーカイブ機関が「戦後フランス映画」という括りで展覧会を行うのは至極真っ当なことであり、映画ポスター文化の美的価値を受容する良い機会であろう。ただ、今回のように特定の配給会社が所有してきた映画ポスターコレクションの展覧会となると映画ポスターが持つ別の価値の側面が見えてくる。つまり、映画ポスターとは、単純に美的価値を語るのだけのものではなく、映画配給の歴史の一部であり、上映プリントと興行の物理的な歴史でもあり、あるいはそれに伴う新しいポスター制作の歴史だという側面が浮かび上がってくるのだ。

そう、展覧会タイトルの副題「《新外映コレクション》より」という一語がそれを物語っているように、本展覧会において重要な点(見るべき点)は映画ポスターの美的価値と共にある歴史的価値といっても差し支えない。そこに込められた仔細な(具体的な)点は、本誌に掲載されているフィルムセンター学芸員岡田秀則氏による「ディレッタントの滴-新外映とフランス映画ポスター」に凝縮されているので本稿ではふれる必要はないだろう。だが、そこでは触れられることはない、東京国立近代美術館フィルムセンターが映画文化のアーカイブ機関としてこのような展覧会を催した(催し続ける)意義について、同様の機関の末端に携わる人間として少し書き記しておきたい。

映画は作品の完成から公開までに大多数の人間が関る為、総合芸術であるとよく言われている。しかし、今回展示されているポスターのように、その作品の内容や作家性以外の部分は公開後、映画以外の部分(ノンフィルム)として大半が取捨されてきたのが現実である。そのような現実に対して、映画文化をアーカイブしてゆく機関の役目とはただ映画フィルムだけを単純な美的価値のみで判断して保存するだけではいけない。本展覧会主催の東京国近代美術館フィルムセンターは主にContents(内容),Carrier(媒体),Context(文脈)と三つのCを冠とした基準に沿った映像文化の保存を行っている(註1)。Contents(内容)とは言わずもがな作品そのものであり、Carrier(媒体)とはそれを映像を乗せる媒体つまり、フィルムやVHS、DVDのことである。そして三つ目のC、Context(文脈)とは今回の展覧会にあたるような作品ポスター、パンフレット、ロビー写真など、過去・当時に公開されていた状態を保存すること、つまり時代的文脈に関係するものを保存することである。

つまり、今回の展覧会のように当時のContext(文脈)を保存し、公開することは、映画作品一つ一つに込められた公開当時、過去に行われた先人たちの試みや成果を忘れ去らないようにきちんと後世へと引き継いでゆくための重要な指針となりうるのである。そしてそれは、映画作品自体の価値を美的価値という一つの範疇の中で凝固させてしまわないように映画文化を後世に残してゆく倫理にも繋がる重要な問題であるとも言えるのだ。このようにアーカイブ機関にとって、ポスターの展覧会の開催一つにしても、それは様々な意義を含んでいる。もし、本稿をお読みになって本展覧会や神戸映画資料館を含む全国に点在するアーカイブ機関に行く機会がある方がいらっしゃれば、以上のような視点を頭の片隅において鑑賞してもらえると、展覧会自体から映画文化のアーカイブ機関に対する理解も深まり、今後、私たちが行ってゆく活動もより興味深いものとなってゆくのではないだろうか。
(和田泰典/神戸映画資料館スタッフ)

註1)公的な文書などで定められているものではないが、筆者が2005年に東京国立近代美術館フィルムセンターを見学させて頂いた際に、主幹を務められている岡島尚志氏から解説を受けたものである。

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