ラジオ関西「シネマキネマ」インタビューWEBSPECIAL / CinemaKinema

『ホテルニュームーン』
筒井武文監督インタビュー

©Small Talk Inc.

筒井武文監督が手がけたイランとの合作『ホテルニュームーン』(2019)。その公開が各地で続いている。現代イランで母とふたりで暮らす娘は、あるとき自分の出生にまつわる謎を知り、母が抱えてきた秘密を解き明かそうとする──。日本パートも織り交ぜ展開する秘密と嘘の物語は、過去作に比べ静謐なタッチで描かれるが、画面の随所に施されたきめ細やかな演出や意匠は洗練を増し、品格漂うサスペンス&ホームドラマが仕上がった。新たな境地を拓いた監督に、その一端を伺った。

 

──制作の発端をたどると、まず監督が教鞭を執っておられる東京藝術大学大学院映像研究科の国際交流として、2015年にテヘランを訪問されました。帰国後にお目にかかる機会があり、そこで伺った言葉を克明に覚えています。「モナというオードリー・ヘップバーン似の素敵な女子学生と出会った。彼女を35㎜で撮りたい!」

テヘラン大学で出会ったモナは、魅力的な演劇の女優でした。色々な事情があって出演は果たせなかったけど、「モナ」という彼女の名前は物語に入れています。ラレ・マルズバンが演じる大学生の名前ですね。

──ラレはオーディションで、しかもクランク・イン直前に選ばれたそうですね。決め手になったのは何でしたか?

インテリジェンス、知性ですね。でも彼女にたどり着くまでには多くの紆余曲折があり、ここでは省略しますが、それはもう天国と地獄を行ったり来たりしながら最終段階に至りました。最初にモナに会ったときに一緒にいた演技派女優がオーディションで熱意を示してくれたので、「この子でいこう」とひとまず決めた。でも、翌日に演出補のモーセン・ガライの推薦する子が来ることになりました。僕の心のなかではもう決まっていたけど、翌日来たのがラレだった。最初はそれほどピンとこなかったし、どう断ろうかと考えていたら、話しているうちに知性がきらめき出すんですよ。僕も本気で考えや好きな映画人を訊いていくなかで迷いはじめた。そして「とてもいい時間を過ごせました。たとえ選ばれなくても来てよかったです」と帰って行きました。スタッフ間で「どうする?」と話し合いましたが、僕が「ラレでいきましょう」と言って決定しました。衣装合わせや本読みなどを進めるうちに、どんどん(役柄の)モナになってゆき、美しく変化していく姿には驚きました。いま思えばそれも運命的な出会いでしたね。

──(実在する)モナとラレのどちらがお好きなのかを訊きたくなりますが、それは措いて(笑)、本作は母と娘の関係を軸にした物語です。シナリオはどのようにつくられたのでしょう。

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最初に構想していたのは娘の自立の物語でした。そうはいっても、現代イランの若い女性の思考や希望はわからない。そこで、それまでも藝大に来ていただいて交流があった、テヘラン大学で教えながら映画やテレビドラマ、演劇の脚本を書かれているナグメ・サミニさんに相談しました。ナグメさんは人気脚本家で、自立に加えてイランの家庭や日本も絡めた母親と娘の物語にしようと提案がありました。さらに(実在する)モナを想定して、彼女のイランからの脱出願望を含めた「親元を離れる話」をベースに物語を組み立てていただきました。

──「女性の脱出」というモチーフは、『孤独な惑星』(2010)と『自由なファンシィ』(2015)を踏襲しています。

僕は男だから、男性の気持ちは──わからない人も存在するけど──大体はわかる。それが女性になると謎ですよね。やっぱりわからない謎を描きたい思いが大きいし、女性には男性にない怖さもあれば、「世の中にこんな美しい存在があるのか」と感じる魅力的な存在にもなる。そういう幅を持った女性を描きたいと、ずっと考えています。

──モナの母親であるヌシン(マーナズ・アフシャル)、そして日本パートに登場するエツコ(小林綾子)は、いま挙げた2本の近作のヒロインとは異なる内面を持つ女性です。『孤独な惑星』では母の存在がヒロインに何かしら影響を与えているけれど、最後まで姿や声は画面に現れません。本作ではその母と娘の関係にフォーカスしていますね。また、その2作ではドキュメンタリーとフィクションの融合に力を注がれていました。

今回は日本パートで描かれるヌシンの過去に、ドキュメンタリー的側面がありますね。20年前の彼女の体験や、日本へ行くという展開にドキュメンタリーの要素があります。イランの街中だったり、タクシーに乗ると運転手に日本語で話しかけられる確率がかなり高い。特に80年代から90年代にかけて日本に来ていた方はとても多く、本作で語られる話は実際にありえることです。

──イランで撮影に入ったのが2018年の暮れでした。日本とは色々と制作面で違いがあると思うのですが、その段階でシナリオは完成した映画の形になっていましたか?

それがまだ3稿か4稿めくらいだったかな。初稿は撮影の8ヵ月ほど前には上がっていたと思います。今回はプロデューサーのショーレ・ゴルパリアンさんが通訳も兼任してくれたので、彼女を通して僕の意見を伝えてもらったり、向こうの意見を聞いたり。現地の打合せやメールのやり取りだけでなく、スカイプでも話しました。それでもまだ撮影中に直しがありましたね。

──イランでは撮影中に改稿することもよくあるのでしょうか?

現場と同時並行でつくるのは珍しくない。イランは日本に比べると撮影日数が長いんです。2ヶ月から3ヶ月が当たり前で、脚本家も現場に来て撮りながら直します。そういう体制が多くて、一日かけて直しては、何日もかけてひとつのシーンを撮るのも不思議ではない。日本よりも時間をかけてじっくり撮る制作システムですね。

──その結果、古典的なドラマが仕上がりましたね。

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古典的なものになるだろうとは最初から思っていました。僕のこれまでの映画と比べて変なことをやってないですよね。放っておくとやってしまうんだけど(笑)。少なくともイラン映画として、しっかりリアリティを持って見てもらえるものをつくろうと最初から考えていました。検閲なども含めた現代イランの環境は、戦前の日本に近いところがあります。男女関係や、それを映画で許容できる範囲も限られているし、イランの現状と、国内の映画館のスクリーンに映されるもののあいだには落差がある。検閲を受けないといけないため、やはり男女の接触やキスシーンはご法度です。そういう描写ができないことが前提にあるので、戦前から50年代初頭くらいの、母ものブームがあった時代の日本映画的な作品を撮るのだという意識を持っていました。

──イランロケに参加した日本人スタッフは、監督と撮影のジミーさんこと柳島克己さんだけです。不安要素も大きかったのでは?

僕はなかったけど、ジミーさんはだいぶ心配されていましたね。たとえば使いたい機材がイランにあるのか、色補正などの体制がどうなっているのか。でもイラン側は「大丈夫」としか言わない(笑)。行ってみるとイランの撮影技術の水準の高さがわかるし、テヘランにいくつかある機材のレンタル屋のひとつで事前にキャメラやレンズのテストをすると、基本的には日本と変わらないけど、やっぱり少しずれがある。たとえば日本のイントレは四角の板を積み上げていきますよね。それがイランでは三角だったり、移動車やライトの種類も違っていたりする。普通に撮れる環境でも、ジミーさんの求める細かいものが揃っていないことはありました。でも移動車を引いたワンシーン=ワンカットや、移動車に曲線や半円形のレールを敷いたショットでは、頼めばおおよそ出てきましたね。
それから日本では現場でリハーサルを積み重ねて、だいたい固まった段階で本番テストをおこないます。本番体制で、録音や照明の技術部がチェックして万全の準備をする。ところがイランではその意識があまりない。3回ほどリハをすれば、もう回していきます。そこからモニターで修正点を見つけて、ライトやメイクを直しながらテイクを重ねるわけです。場合によってはキャメラの変更や修正もある。ジミーさんは最初に露出を計ってすべて計算しています。それをワンテイク終えるたびに撮影部や照明部がいじり出すと、計算が狂ってしまって、また計り直さないといけない。途中で本当に頭に来ていました。決めたら意地になるから(笑)。そこがジミーさんのいいところだけどね。

──俳優の動きへのフォローなど、柳島さんのキャメラワークは見事ですね。ひとつ挙げると、ヌシンが勤める小学校の校庭で、モナの恋人であるサハンド(アリ・シャドマン)と言葉を交わします。あそこは俳優の動きに合わせて風景が広がる、母親の心理描写においても重要なショットです。奥では子どもたちが遊んでいて、人物と空間の演出が同時になされています。『孤独な惑星』では始点と終点だけ決めて、そのあいだは俳優に自由に動いてもらう演出でした。本作ではどのように?

色々なケースがあって、脚本も影響しましたね。たとえば、まずロケ場所を事前に確認して、脚本が前日までに上がっていれば、僕がカット割りを組み立てて「ここは移動で」と準備を進めてもらう。校庭のシーンは、ヌシンの動きに合わせて移動すると、背景が校舎から山、そしてテヘランの街並みに変化します。マーナズにはサッカーのゴール前を通るように言いました。少年たちが蹴ったボールがヌシンに偶然ぶつかることも期待していましたね。実際、当たったテイクもあったのですが、芝居がNGでした。最初の3日くらいはそういう形で撮っていたのが、脚本の直しが付いてこず、前日までに上がらなくなってきました。当日の朝イチで直す状況になると、前もってプランを立てられない。そうなると、その場で直感的に決めていくしかないですよね。ただ、それが利点として働くこともあって、モーセンがナグメさんに直しを認めてもらう契約を結んでいました。彼はその場所の特性を生かして「こういう関係で撮るとおもしろくなるんじゃないか」というふうに、単純にセリフを直すのではなく、空間を映画的に構築できるように直してくれるんです。そのシナリオに沿って俳優に動いてもらうと、シーンで狙っていることをどこでどう表現するかが見えてくる。そういう面では、現場で脚本を変えていく利点も感じました。登場人物ひとりひとりの内面の時間の流れの差を視覚化する上でも、うまくいったケースがあります。

──具体的にひとつ教えていただけますか?

ヌシンの友人・ロヤの豪邸に行くシーンでモナは、できるだけ早くその場から去ろうと思っている。ところがロヤは携帯メールでヌシンに連絡して、彼女が来るまで時間を引き伸ばそうとする。持ち時間が違うふたりが同じ空間にいるわけです。そうすると、座って落ち着いた会話はできない。シーンをどう撮るべきか理解していない当初は、どこに座らせて会話させようかなんて呑気に思っていました。危ない、本当に危なかった。広い空間なのに、会話は入り口の狭いところで立ったままとなりました。ようやくモナを座らせて、ロヤはキッチンに行きますが、空間としては無駄に広い。そんなことでふたりの持つ時間のずれのようなものが出せないかと考えていました。モナがロヤに言う「携帯見せて」というセリフも現場で追加されたものです。

──その場で組み立てられていたんですね。モナが、田中(永瀬正敏)を商談先で問い詰めるシーンでもふたりの持つ時間のずれが感じられます。そして、モナと恋人のサハンドが戯れる様子を影絵で撮ったショットはどうでしょう。検閲を通すために直接的な描写を避けつつも、完成された画になっています。事前に照明のテストを入念におこなったと想像しましたが、光を流し込んでいますか?

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あれは朝イチで撮りました。ライティングはほとんどなしで、実際に窓から差してくる自然光だけ。『孤独な惑星』のときは、鏡で光を流し込みましたが。あそこも現場に行って光を見たモーセンが「このシーンを先に撮りましょう」と提案してくれました。即興というか、本当に俳優が動きながら感情をつくっていく現場でしたからね。あのモナとヌシンの引っ越し先の空アパートも、ロケハンで数ヶ所を回ったけどいい場所が見つからなくて、制作部が撮影中も探してくれていました。決まったのはギリギリで、やはり事前に見ることはできませんでした。

──思った以上に現場で練られたアイデアが多く、イランスタッフとの信頼関係が画面に反映されていますね。

イランの事情がわからないから、スタッフに委ねる部分がものすごく大きかった。僕がやりたくても「イランではそういうことはしません」「イランの実情とは違う」「これを撮ったら公開できなくなる」という意見が返ってくると、判断を任せるしかないですよね。そんな状況でやっておいてよかったのは、インの3日ほど前、シナリオの直しやキャスティング、ロケハンが同時進行で目が回るほど詰め込まれていた。頭を空にできないけど、「とにかくスタッフとじっくり話す時間が欲しい」と言って、助監督4人と演出補を集めて、僕の意見を伝える会議をセッティングしてもらいました。そこで俳優には自由に動いてもらいたい、娘の部屋は母親に閉じ込められている雰囲気を出したいので、母親が常に監視できる空間を探したいといった希望を話しました。つまり、母の部屋がほうが玄関に近くて、娘の出入りをチェックできる間取りですね。ほかにも部屋のすべてを明るくする必要はなく、むしろ人物が動くなかでシルエットになったり見えなくなったり、どこかでは顔が美しく浮かび上がったりするように、ワンショットで光の変化を見せたいことも伝えました。あとは部屋のなかで娘と母が居心地よく過ごせる場所や、反対にそのときの力関係を高低で表すために高さの異なる椅子が欲しいなど、いろんなリクエストをしました。すると助監督たちやモーセンが、そういうことが可能な空間を見つけてくれた。あのときに僕の映画づくりに必要なものを伝えていなければどうなっただろうと、後になって思いましたね。危なかった(笑)。

──現地スタッフの意見を柔軟に取り入れながら、撮りたいものを明確に示さないとよい合作は生まれないですね。

単純にストーリーだけの映画になってしまいますよね。光に関しては「真っ昼間の上からの太陽の光だと撮りたくない、夕方のマジックタイムに撮りたい」とも要望したので、屋外撮影の時間を調整してくれました。ホテル前に、モナと田中が乗ったタクシーが着くワンシーン=ワンショットがその一例ですね。

──光のヴァリエーションは豊富で、ステンドグラス調のものもあれば、ランプシェードの灯りやスマホのブルーライトも活用しています。続けてモナとヌシンが最初に暮らしている、ベランダのある家についてお聞かせください。『孤独な惑星』に欠かせない空間だったベランダが本作にも出てきて、「まさかイランでも」と驚きました。相当探したのではないですか?

あちこち探したけど、いいところがなかったんです。シナリオに書かれているのは『孤独な惑星』『自由なファンシィ』の延長線上にあることでも、玄関を入ると広い空間があって、その奥に部屋が並んでいる家や、奥深い廊下のあるロケーションがあまりない。玄関を入ると全体を見渡せてしまう家だったりしてね。あきらめかけていたところで見つかったのが、たしかクラインク・インの前々日くらいじゃなかったかな。その日に見つからなければもう妥協しないといけない状況でした。ようやく見つけた家は一階が大家の部屋で、二階がほぼ同じ間取りの空き家になっていて、そこに美術を仕込める。とにかくよかったのは、玄関を入って左側にキッチン、右側に部屋がふたつあって、手前を母親、奥を娘の部屋にできたことです。さらにその奥には、二部屋を行き来できるベランダがある素晴らしいつくりでした。ただ、ひとつ難点をいえば狭かった。玄関を開けるとある客間のような空間が少し狭い。そこで美術部が壁を抜いてベランダにもうひと部屋、セットをつくってくれた。するとキッチンからも窓超しに見える、映画的な空間が生まれました。

──セットにはまったく見えませんでした。さらに面白いのは、ベランダで過去の監督の映画になかったPOVショットが撮られていることです。フィルモグラフィーを貫くものと、これまでにないものが混ざり合っています。

いわゆる主観、見た目ショットですね。それは嘘だから僕自身はやりたくない。最初の一週間くらいはこれまでと同じように撮っていたけど、そのラッシュを見たプロデューサーに「この映画はイラン全土で公開するんだ。大衆が見てわかる映画にしてくれ。そうでないとイランの商業映画として成立しない」と言われました。「とにかくカットが足りない」とも(笑)。伝わりやすくするために、少し説明的な画や人物の寄りをちゃんと押さえて、同じ芝居を何度も繰り返してはアングルを変えて撮るというやり方をせざるを得なくなった。時々、編集のソーラブ・ホスラビが素材を撮れているか現場へチェックしに来たりもする(笑)。モーセンにもプロデューサーから指令が届いていたし、それからは撮影時間が3倍くらいになりましたね。モナが何かを見つめているとしたら、そのPOVショットも撮らないといけない。はじめはちょっと反発したけど、もう割り切りました(笑)。「それなら撮ってやろう」と、これまでなかった細かい説明ショットなども撮りましたね。

──ほかのシーンでもPOVが見られます。やりたいこととそうでないことのせめぎ合いですね。

それでも撮りたいものは撮れる。素材を全部使うつもりはなかったし、編集はソーラブに任せていたので、「イランの商業映画を撮ろう」と意識を変えました。でも悪いことばかりじゃない。普通なら撮らないものを撮ることで、思いがけずいいショットも撮れた。結果的にやってみてよかったと思います。これは、ハリウッド的なマスターショット・システムとはちょっと違うんですよ。僕が通しで撮るマスターは、フィックスのロング・ショットではなくて、移動+パンのワンシーン=ワンショットで単独でも成立するものです。それに編集で挟み込む、切り返しを含んだ寄りを撮っていきます。

──正面の切り返しもあります。『孤独な惑星』のクライマックスでも使われた技法ですが、本作ではアプローチが違って見えました。

積極的な理由と消極的な理由があります。前者は、あのシーンで日本人の田中が初めてイランの空間に登場するので、映画のリズムを変えたかった。切り返しで間を生かす演出にしています。それまでのイラン人同士が絡むシーンでは、会話にほとんど間がない。ひとりが話し終わる前に相手が話し出すくらいの速さで進むリズムになっているので、そこに差をつけたかった。後者は、マーナズが日本語を覚えられなくて、長回しで撮れないんです。セリフひとつかふたつごとに切り返しでカッティングしないといけない。そういうことがあって分けて撮っていきながら、サイズもだんだん寄りになって、また引いてリズムを取りました。でもあそこは丸テーブルを挟んだふたりが近距離で話していることもあり、ジミーさんには「不自然だ」と抵抗されたんです(笑)。「不自然でもいい」と押し切ったけど、ジミーさんはレンズを何度も換えて広角を使ったり、すごく工夫して撮ってくれました。僕は「不自然でいい」と思っていたんだけどね(笑)。難しいところでしたが、いずれにしても日本なら撮らないショットですね。ここは日本語の会話ということもあり自分で編集しているので、カッティング・ポイントは極力相手を見てないところで繋いでいます。

──イランだから撮れた、少し小津風のショットといえるでしょうか。

ズーム・アップしてズーム・バックのような機械的に寄り引きをしているので、小津のカッティングとは全然違うんですけどね。

──一方で、ヒッチコックを思わせるシーンもありますね。

ホテルのシーンの前夜に撮ったのが、ヌシンが普段はしない化粧をするのをモナが目撃して尾行するシーンです。あそこはPOVも含めて完全にヒッチコック。撮りながら、「ヒッチコックだなあ」と思っていましたが、事前に決めていたわけではなくて、撮っているとそうなってしまうんです。その直前のシーンは台所でふたりが親友のようにじゃれあっているのを、誰かの見た目でもないのに、中庭を挟んだ二つの窓越しに捉えた変なショットです。ここは現場でドゥミだなと思っていました。ミシェル・ルグランの曲が欲しかったくらい。その幸福な瞬間から、急にヒッチコックに世界が一変します。シーンの最後のショットは、モナが車を追いかけますね。あそこは『北北西に進路を取れ』(1959)のケーリー・グラントのつもり(笑)。翌日はまたアパートに戻ってふたりの対決シーンがある。そこで札束を投げつけるのはカサヴェテスですね。

──そして扉を効果的に使っておられます。ドアだけでなく、タンスや小箱などを開くシーンも含めると、数えきれないほどの扉を画面に散りばめています。これも監督の映画に欠かせない装置ですね。

さっき話した演出部会議で「僕の映画で大事なのは扉と窓だ」ということも伝えました。アパートの玄関とモナとヌシンの部屋の扉は実際にはない、スタッフのアイデアで美術部がつくってくれたものです。人の顔の位置に磨りガラスが入っていて、扉を閉じれば完全に見えなくなるのではなく、シルエットで人の気配を扉の両側から察知できる。僕の希望を汲んで、そういうこともやってくれましたね。

──『孤独な惑星』には哲男(綾野剛)がマンションの屋上から梯子をつたって降りてくる描写がありました。本作では逆にサハンドがモナに会うために、柵を乗り越えて上ってきます。

あそこも面白くて、あの引っ越し先の家は坂道の中盤に位置していて玄関がふたつあるんです。どちらが表なのかわからないけど、片方で入れないと、坂道をぐるっと回って反対側に行かないといけない。そっちには塀があって、それを登って柵を飛び越えれば窓までは行けるつくりになっている。そこでもやはり、そういう動きができるようにイランの演出チームが考えてシナリオを直してくれました。本当に感謝しています。

──助監督の役割分担も日本と違うのでしょうか?

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チーフが全体のスケジュールを調整して、セカンドが現場の段取り責任者なのは日本と同じです。ただし日本ではそこからサード、フォースといくけど、イランではチーフとセカンドの下に助手が就く。サードとフォースがいなくて、チーフとセカンドに助手がいる4人編成ですね。エキストラを集めるモブシーンでは、応援の助監督が何人も来ました。そういった役割分担ははっきりしています。チーフはスケジュールを切っているので、現場に来ない日もある。現場はセカンドとその助手が動かします。僕が主役の動きをつけると、次に助監督が主役を生かすようなエキストラの動きを段取って、総合テストをします。ひとりひとりにキャラクターをつけ、その場所の時間を生み出していくんです。そして助監督の上に演出補がいて、全体を統括します。演出補のモーセンはすでに監督もつとめていて、オリバー・ストーンが絶賛する映画をつくるほどの技量を持っている。彼とは、この映画をどういう方向にしていくかの共通理解が成立しました。優秀な彼が就いてくれたおかげで、この映画を撮り上げられたと言ってもいいくらいです。

──こうしてお話を伺うと、ただイランの俳優と風景を使った映画ではなく、イランの映画人との協働作業による「合作」であることを実感します。その映画のラストショットは合わせ鏡の空間で撮られていて、長編第一作『レディメイド』(1982)の遊園地のミラーハウスや『自由なファンシィ』のワンシーンを思い起こします。

あれも本当に偶然です。あそこを見たとき、どれほど狂喜したことか。冒頭に出てくる医院とは違う、もっと大きな病院を制作部が探してくれました。イランロケの最終日に撮り、撮り終えると同時に待たせていたトランクを積んだ車で空港に向かいました。打ち上げもできず、スタッフとも別れの時間を十分取れずに。移動+パンで撮っているので、決めの位置がなかなか合わず、テイクを重ねたショットですね。ラストはすぐフェイド・アウトしますが、撮ったときはあそこにクレジットを重ねようと思っていたので、あの後も3分くらい回し続けていました。

──移動+パンは監督がここぞというときに使う技法ですね。ラストを飾る素晴らしいショットです。まだお訊きしたいことがあるので、それは続編で……(Part2に続く)。
 

取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』吉野大地

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