今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW

eigatantei01「映画探偵 失われた戦前日本映画を捜して」

著者:高槻真樹
出版社:河出書房新社
発行年月:2015年12月

 

 

 

第二次世界大戦以前に製作された日本映画で、現存しているのは全体のおよそ一割程度に過ぎない。著者の高槻真樹は、この衝撃的な事実を明らかにすることから本書を始める。DVDやブルーレイ、ケーブルテレビに近年では映像配信など、たとえ映画を観る環境がどれだけ多様化しようとも、観れない作品は観れない。なぜなら、大元になるフィルムそのものが消失してしまっているからである。しかし近年、フィルム・アーカイヴの活動が中心となって、そんな失われた日本映画の調査・発掘が活発になっているという。本書において「映画探偵」の肩書を与えられる者の多くは、そのような活動に従事している人々である。

東京国立近代美術館フィルムセンター、京都文化博物館等の公的機関から、立命館や早稲田等の大学、民営の神戸映画資料館まで、本書の前半部においてはアーカイヴ活動を行うこれらの団体の成り立ちやこれまでの実績が紹介されていく。特にこの実績という点において、失われていたフィルムが発掘される経緯だけでなく、その後それらが修復されていく過程が明らかにされる点が興味深い。映画は上映できない限りは映画として成立しない。大量の擦り傷や経年劣化によって時には映写機に掛けるのもままならないフィルムをどうやって修復するのか。脱落が多く、そのまま上映しても物語の大まかな流れさえつかめないような作品をどのように補完するのか。それぞれのフィルムが観客の目に触れる機会を持つまでの裏側にあった紆余曲折の物語が、関係者の証言を交えたドキュメントとして丁寧に掬い取られていくのである。

そんな長年にわたる発掘・復元の成果として名前が挙がるのは、伊藤大輔監督の『忠次旅日記』や『一殺多生剣』、伊丹万作監督の『国士無双』、傾向映画の代表作とされる『何が彼女をさうさせたか』などの作品である。たとえ断片に過ぎないとしても、これらが日本映画史の欠落部分を埋め合わせる大発見であることに疑いの余地はない。しかし、発掘調査においてこのようないわゆる「お宝」に巡り会えることは、当然ながら極めて稀なことであるらしい。発掘されたフィルムの大半が、名前さえ聞いたことがない作品であることも少なくないそうだ。しかし著者が繰り返し強調するのは、そんな「知られざる映画」にもまた、観る者を刺激してやまない魅力が備わっているということである。とりわけ、早稲田大学の演劇博物館から発掘された新派映画『うき世』と、VHSが普及するはるか以前に映画を所有したいという愛好家のためのダイジェスト版として販売されていたといわれる玩具映画について述べられた箇所が印象深い。従来は新派演劇を単純に引きの画で撮影しただけのものと考えられてきた日活向島の新派映画の中にあって、実は欧米流のものとは異なるオルタナティヴな映画表現が芽生えていたのではないかという可能性が指摘される前者。一方、ダイジェストのような断片に過ぎないとはいえ、『探偵ターチャン殺人電波』や『正ちゃんの動物地獄』など、タイトルからして唖然とするしかないような作品が平然と混在している後者における雑多性。それらの存在が告げるのは、「日本映画史」というものなど未だに何も定まってはおらず、常に書き換えられる可能性にあるという事実なのではないだろうか。本書の後半において中心となる個人コレクター達のコレクションの謎も含め、私たちは日本映画についてまだ何も知らないのである。
(坂庄基/神戸映画資料館スタッフ)

●2016年7月16日(土)〜22日(金) 会場:シネ・ヌーヴォ
特集上映【映画探偵+戦前SF映画】

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