レポートWEBSPECIAL / REPORT
2016 11

自作を語る・堀禎一監督① ──── 『草叢』

→堀禎一監督特集 part1

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 『月刊シナリオ』誌「第2回ピンク映画シナリオ募集」の尾上史高くんによる準入選作品『草叢』を彼自身に1年半近く改稿を重ねてもらい映画にした。優れたシナリオライターのデビュー作に携わることが出来て幸運だった。尾上くんはユーモアのある、いつも笑みを絶やさない穏やかな人だが、業火と呼んでもよい情熱をその内に秘めていて、この時の尾上くんは鬼となり、1ヶ月半に1度は頭から手書きですべてを書き直した、もはや改稿とも呼べないような改稿を1年以上に渉り郵送で届けてくれた。近所の文房具屋さんは原稿用紙が飛ぶように売れ大喜びだったと思う。あまりに大量に200字詰め原稿用紙(ペラ)ばかり買うので、心配した文房具屋のおばちゃんが消しゴムをただでくれたと彼が笑っていたのを思い出す。おそらく彼はアルバイトにもほとんど行かず部屋にこもり切りで、しかも睡眠もほとんど摂らず書き続けていてくれたのだと思うが、ぼくはその血が滲み出るような改稿に図々しくNGを出し続けた。こうして1年程経ったある夜、珍しく彼から電話があり、苦しさを無理に抑え込んだような、途切れ途切れの、笛を吹くような呼吸音に消え入りそうな震えるかすれ声で「これ、ほんとうに映画にしてくれるんですか? もう映画にならないと見切って、それでも俺に気を遣って無理に映画にしようとしてくれてるんじゃないんですか?」と泣いた。これは美談ではない。
 かくの如く監督というのは、もちろん立派な人がほとんどだが、他人(ひと)のしたことにOK・NGと気の向くまま言っていれば良い、たわけものにぴったりのお気楽仕事であるが、シナリオを書くというのはほんとうにたいへんな仕事であるということをこの機会に書き留めておく。ぼくは『草叢』を自分の作品というより尾上くんの作品であると思っている。
 当時、尾上くんは大阪・西淀川の塚本の駅前アーケードの3階だか5階だかに住んでいて、別の作品の話だが、夏の夜、ふたり竿をかついで淀に出掛け、釣ったうなぎをベランダで白焼きにし食べながら台本を作ったこともある。完成作品の出来栄えはさておき、うなぎのおかげで台本は書き始めて10日間程で脱稿した。というわけで、尾上くんは決して遅筆ではないとも記しておく。その頃、彼は近くのスーパーマーケットのレジ打ちのKさんというお姉さんに夢中であったが、シャイな彼は彼女に声も掛けなかったと思う。ひめやかな片想いは彼の東京移住とともに儚く散ったが、にしても淀川がこんな綺麗になるなんて思ってもみなかった。子供の頃は、夏、電車が淀に差し掛かった瞬間、皆で慌てて窓を閉める、そんな川だったと思う。
 『草叢』決定稿はいい台本だった。しかし長かった。1行も切れずそのまま撮った。総編集尺75分で公開までに15分落とした。今はないラストシーンの吉岡睦雄さんの忘れがたい芝居を橋本彩子さんが写したラッシュを編集室から家に持ち帰り、台所で焼いた。ネガも捨てた。立派な映画じゃあるまいし、もちろん3倍も4倍も回したわけではない。それでもあの時、よく「おねえさん」(国映の佐藤啓子プロデューサー)がいつ果てるとも知れぬ、あまりに未熟な監督の追加に次ぐ追加フィルム発注を許してくれたと思う。たぶんサトウトシキ監督を初め、諸先輩達が「おねえさん」の怒りを知らないところで、なだめてくれていたと思う。深町章監督が「せっかく大学出してもよ、フィルムの計算も出来ないんじゃ親も泣くしかねえよなぁ、あははっ!」と気持ちの良い大笑いで慰めてくれた。もちろん落としたことは今でもまったく後悔していない。
 大阪・守口出身の速水今日子さんを初め、普段通り素晴らしいキャスト・スタッフに恵まれた。同じく大阪出身の伊藤猛さんにも出演して頂いている。役で坊主頭にしてもらったが、そのシーンをカット、えらい剣幕で叱られたことが懐かしい。「お前の映画には絶対に、二度と出ない」本気で怒り狂っていた。ただ伊藤さんは決して言わなかったが、怒り狂っていたのはせっかく坊主頭にしたのにカットされたからではなく、そのシーンのラストのセリフが伊藤さんの「嫌いじゃないよ」だったからだ。伊藤さんは内田栄一監督を尊敬していて、おおよそ恩師的な存在だったから、恩師の映画を彷彿とさせるようなセリフを切るのは内田監督に対する冒涜と感じたのだ。チヌ釣りが好きな、優しく繊細で義理堅い人だった。最後に電話した夜、夏だったが、伊藤さんは東京・若洲の防波堤で竿を出していて、のべ竿の脈釣りでチヌ爆釣中だった。お父さんと子供の頃、夜釣りに行った話を何度かしてくれたことがある。ところで猛さん、三途の川でチヌって釣れるんですか??

 
→自作を語る・堀禎一監督② ──── 『東京のバスガール』
 
→自作を語る・堀禎一監督③ ──── 『魔法少女を忘れない』
 
→堀禎一監督特集 part1


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