今月の1冊WEBSPECIAL / BOOKREVIEW

© キネマ旬報社

「俳優 原田芳雄」

著者:原田章代+山根貞男
発行:キネマ旬報社
発行年月:2020年3月

『大鹿村騒動記』公開中の2011年7月に亡くなった原田芳雄。
あれから9年。うるう年の1940年2月29日生まれの原田芳雄は、2020年の今年、生誕80年を迎える。1970年代から2000年代の長きにわたって活躍し、日本映画を支え、今活躍中の多くの監督・俳優たちにも影響を与えた彼の足跡を、あらためて振り返る――。
原田芳雄の夫人にして、彼が設立した俳優事務所ギルド・Bの社長でもあった原田章代に、俳優座養成所時代から遺作まで、映画評論家・山根貞男が聞き書きしたものをまとめた、俳優・原田芳雄の魅力を語る1冊。
俳優仲間の盟友:石橋蓮司と、カメラマンとして信頼関係を築いた鈴木達夫への新規インタビュー、原田芳雄自身へのインタビュー再録を収録。


本書は、原田芳雄の人生を生い立ちから辿るような伝記ではない。原田の妻の章代や、生前に親交のあった石橋蓮司・鈴木達夫が原田との日々を振り返った回想録である。つまり本書で浮き彫りになるのは、原田芳雄の一生ではなく、原田とそれぞれの人物の間に築き上げられた関係性であると言えよう。その中心をなすのは、夫と過ごした日々を詳細に語る原田章代のインタビューである。原田芳雄の出演作や交流関係が振り返られる中で、妻の目から見た夫の人となりや、夫婦の間にあったやり取りのことなど貴重な話が語られていく。とりわけ印象に残っているのは、撮影から帰ってくると、原田芳雄はその日の現場の様子を振り返って洗いざらい妻に話して聞かせていたという逸話である。「自分で纏めようとするんじゃないですか、私に話すことで。私もそういうのを聞くの嫌いじゃなくて、聞くわけですから。」と原田章代は語る。地方へロケに出た時も必ず電話してきたというほどだから、俳優 原田芳雄にとって妻に話を聞いてもらう時間がどれほど大切なものであったかは想像に難くない。おそらくそれは、役者を生業として続けていく上での原田流の秘訣だったのだろう。

このような興味深い逸話の数々は、これに続く石橋蓮司と鈴木達夫のインタビューにおいても披露される。片や俳優同士として、片や撮影監督としてカメラのファインダー越しに原田と向き合った両者であるゆえ、やはり印象に残るのは撮影現場での原田の様子について語った箇所である。野放図にやっているように見えて、実はそうではない原田のアドリブのこと。同じことを何度も繰り返す芝居や、顔のアップだけの芝居など、通常映画の撮影で求められる類の演技を要求されることを原田が嫌っていたこと。原田と現場で時間を共有した二人だからこそ語ることができる話の数々は同時に、看板スターありきだった撮影所時代の終焉後、日本映画界の変動に現場で立ち会って新たな表現を模索した者たちの貴重な証言でもある。

これらインタビューの内容の面白さもさることながら、本書の魅力を決定づけているのは、原田芳雄との日々に想いを馳せる三人の語り口の素晴らしさではないだろうか。例えば『龍馬暗殺』の撮影初日、本番で原田が打ち出してきた坂本龍馬像を見てズッコケたと石橋蓮司は語る。その時のことを回想しながら石橋が発する「エッ、お前、それか!?」や「エーッ、そうやるのかあ、まいった!(笑)」からほとばしる熱量こそが、この逸話全体の印象を忘れ難いものにしている。もちろん、私たち読者に差し出されるのは読み物として再構成された音声記録の一部に過ぎないし、これらのインタビューの場が現実にどのような雰囲気の下で取り仕切られていたのかを知る術はない。しかし活字からだけでも、それらの場に充実した時間が流れていたことは確かに感じ取ることができる。だからこそ本書を読むと、石橋だけに限らず、こちらが知る由もない原田章代や鈴木達夫の声までもが確固たる調子を伴って響いてくるように感じられるのではないだろうか。当然のことながら、インタビューとは語り手と聞き手との間の共同作業であり、ここでは聞き手を務めた山根貞男の貢献も大きかったに違いない。しかし何よりも、原田芳雄と過ごした濃密な時間がかつて確かにあったのだという事実こそが、それぞれの語り手からこのような語りを引き出しているに違いない。

本書の末尾には、そんな原田芳雄の生前のインタビューも収められている。同じく山根が聞き手となって、批評誌『ユリイカ』が鈴木清順を特集した際に行われたものの再録である。もちろん話題の中心は鈴木に関することになるわけだが、原田が自身の表現の核心に触れるような展開があるなど滅法面白い。そして、原田と組んで異端の傑作を世に送り出した鈴木清順もまた、すでにこの世を去ってしまった一人である。そんな鈴木をはじめ、夫とともに日本映画を支えた人々の死に触れながら、原田章代は「ああ、もう本当に終わったなという感じがします、ひとつの時代が」と口にする。しかし、不意に一つの時代の終わりが告げられたとはいえ、私たちはこの発言を悲観的なものとして捉える必要はないだろう。『一度も撃ってません』と題された阪本順治の最新作が公開された今、なおさらそう思う。原田とも親交の深かった監督の阪本が、石橋蓮司を主演に迎え、それこそかつて原田の家に集まっていた俳優たちと撮りあげたという作品である。かつて原田の周りにあった出会いから、一本の映画が生まれ落ちたことになる。人が生きた証はそう簡単に消えることはないし、それが思わぬかたちで実を結ぶこともありうるのだ。忘れてはならないのは、これらの人々が集う中心にいたのが原田芳雄だったという事実である。そして原田の生き様を巡る本書は、それが決して偶然ではなかったことを教えてくれる。

(坂庄基/神戸映画資料館スタッフ)

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