連続講座:20世紀傑作映画 再(発)見
第9回 子供の叫び声は聞こえない──ドライヤー『吸血鬼』の謎に迫る
2020年7月11日(土)
4月から7月に延期となりました
講師:井上正昭(翻訳・映画研究)
このシリーズ講座では、映画史の節目を刻んできた傑作を毎回一本ずつ上映し、検証してゆく。時代の中から生まれながら、時代を超えて生き残る。古典とはそういうものだ。それは、つねに〈来るべき〉作品であり、映画館のような場所でそのつど〈発見〉される。このような観点から、作品を映画史の中にきっちりと位置づけ、それがいかにして生まれ、どのように受容され、それ以後の映画にどんな影響を与えたのかを検証する一方で、あたかも新作を見るように、その映画を純粋に味わい、どこにその〈映画的〉魅力があるのかを探ってゆく。

15:15〜 参考上映
「吸血鬼」Vampyr
(フランス・ドイツ/1932/75分/16mm)
監督:カール・テオ・ドライヤー
撮影:ルドルフ・マテ
16:45〜(終了予定17:15 18:15) 講座
カール・テオ・ドライヤーにはいつも「聖なる映画作家」という呼び名がついてまわる。たしかに、彼の映画には、「聖なる」という言葉をつい使ってみたくもなる、静けさ、厳かさ、神秘に満ちた作品が多い。しばしば描かれるテーマの宗教性も、この言葉をいかにも彼にふさわしいものにしている。しかし、『裁かるゝジャンヌ』の灰色の壁が、実は、モノクロ画面において理想の階調をえるためにあえてピンク色に塗られていたことに象徴されるように、もしもドライヤーの映画に「聖なるもの」が描かれているとしても、それはひとえに映画というマジックによって可能になったのだということを忘れるべきではない。この初期の傑作『吸血鬼』においても、ドライヤーは映画ならではの技法をとおして唯一無二の世界を作り上げている。今回の講座では、この作品の特異なナラティヴや、迷路のような空間をつくりだすカットつなぎと移動カメラ、独特の音響効果などを、細かく分析すると同時に、あまり語られることのない原作小説との曖昧な関係や、吸血鬼映画というジャンルとの関わりなどについても考察を加えてゆく。また、ドライヤー自身の生い立ちがこの作品にいかなる影を落としているかについても考えてみたい。
井上正昭
1964年生まれ。Planet Studyo + 1 で映画の自主上映にたずさわる。訳書に『映画監督に著作権はない』(フリッツ・ラング、ピーター・ボグダノヴィッチ/筑摩書房 リュミエール叢書)、『恐怖の詩学 ジョン・カーペンター』(ジル・ブーランジェ/フィルムアート社)、共著に『映画を撮った35の言葉たち』(フィルムアート社)がある。
ブログ「明るい部屋:映画についての覚書」
《参加費》 参考上映付き 一般1500円 ユース(25歳以下)1000円 会員1200円
予約受付
各回入場制限(座席数の2分の1の19席)を行いますので、メールと電話によるご予約を承ります。鑑賞を希望される日時と作品名、お名前、電話番号をお知らせください。予約で満席でなければ、当日に予約無しでもご入場いただけます。
info@kobe-eiga.net 078-754-8039



2020年の堀禎一

堀禎一が以前から興味を持っていた山の暮らしや風景をテーマとするドキュメンタリー作品。具体的な始まりは、静岡県在住の内山丈史と知り合い、2013年の6月より大井川流域、天竜川流域を月2回程度の頻度でロケハンを始めたことである。この準備期間に山の中腹に位置する斜面集落のひとつである天竜区奥領家大沢集落に偶然辿り着く。そこで集落の眼前にそびえる麻布山の姿、道を歩く竹腰さん(『夏』の終盤でカヤを背負って歩いている女性)の姿を目にし深く心うたれたという。山々の形、端々に長い歴史をうかがわせる山の生活風景を撮影するには、4:3のスタンダードサイズ、またHDよりSDでの撮影がふさわしいと判断し、2014年の4月末までロケハンとテスト撮影を続ける。また、この準備期間にジャン=クロード・ルソー監督の作品など小規模予算、小規模スタッフ編成による“説明というより余白の多い映画”を数多く見たことが制作を始めるきっかけにもなった。 撮影は2014年の5月から1年間続けられる。大沢集落だけが持つ時間、空間、人々をあるがままに捉えている。



「天竜区奥領家大沢 夏」

1プログラムあたり

(1927/144分/サイレント/16mm)
(1928/82分/サイレント/ブルーレイ上映)
「民衆の敵」
(1937/74分/ブルーレイ上映)
(1942/75分/16mm)
(1948/98分/16mm)
監督:太田隆文








「大列車追跡」

