神戸映画資料館

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収蔵図書紹介「インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ」


著者 堀越謙三
構成 高崎俊夫

出版社 筑摩書房
発行年月 2022年9月7日

「映画を観る」
この行為に到達するまで、多くの人が関わっていることを痛感する。「簡単じゃない、でも面白い」。それが私の最初の感想だ。

本書は1980年代初頭から2000年代にかけて隆盛した「ミニシアターブーム」をはじめ、現代に至るアート系映画を日本に届ける、「常にミニシアター・ムーブメントの<可能性の中心>」(p.9)にいた東京都・渋谷にあるユーロスペース代表の堀越謙三さんへのインタビューを中心に構成された映画本である。

堀越さんが関わった映画監督は、アキ・カウリスマキ、レオス・カラックス、アッバス・キアロスタミ、日本では北野武や原一男など国籍問わず、巨匠ばかり。

映画との出会いや映画を「仕事」にする経緯が語られる中で最も興味深かったのは映画監督との交流だ。特に監督と映画製作にかかるお金の流れは面白い。映画を作るにはお金がかかるのは周知の事実だが、本書では生々しいやりとりが語られ、映画監督や関係者も1人の人間ということが見えてくる。

最も多く語られるのが巨匠レオス・カラックス監督。アダム・ドライバー主演の『アネット』(2020年)公開時には、来日したことでも話題になった。日本にもファンの多いカラックス監督との出会いや、製作資金調達の面での彼との水面下でのやりとりが生々しく、映画作りが一筋縄ではいかないことを教えてくれる。彼の名作とも名高い『ポンヌフの恋人』(91年)では、「好きな男のために金を集めてるっていう感覚だったな」(p.92)と語った上で、監督からセットを作るために10億円かかるから何とかして欲しいと言われた…という。規模が違う。友人が「1,000円貸して」というのと訳が違う。そして堀越さんがスゴいのは、手を替え品を替えて何とか用意してしまうことだ。いくら「セーヌ河」を作るためといっても、好きなことのために用意する。

本書ではそんな堀越さんと映画監督のお金のやりとりが何度も出てくるが、何とか完成した作品を観て、ブチギレて「私は計画から降りる」と言うやりとりも語られる。何ともこれも生々しい。シビアだ。お金の話以外ももちろんある。カウリスマキ監督と寿司、キアロスタミ監督と黒澤明監督、北野武監督と映画祭…など。

お金の調達から、映画人のアテンド、映画祭での売り込みなど堀越さんの仕事が多岐に渡ることが伺える。しかもほぼ決まった方法が無いのが面白い。監督やスポンサーに合わせて、あらゆる可能性を探っていく。完成形が無いまま、投資をするのは作る方もお金を出す側も相当なリスキーさを抱えている。でもその挑戦する姿勢がカッコよい。

本書の終盤では映画人を育成する東京藝大大学院映像研究科や映画美学校の運営方法も語られる。映画を日本に届け、時に資金調達し、これからの映画界のために育成も行う。百人力の働きである。堀越さんが語るこれからの映画人の紹介も必見である。こちらも良いことだけでなく、学校での制作の失敗や様々な人間関係が描かれる。一筋縄ではいかない。でも楽しんでいるようにも思える。

と、本書では個人名や企業名、そして伝説級な名作など固有名詞が飛び交う。その当時を生きた人にとってはたまらない、「そう、そう」と唸るシーンも多いだろう。「映画はエンタメであってほしい、裏側は見たくない」と、思う人もいるだろう。そんな方にはオススメはできないが、そうで無い映画ファンや、業界に触れている人は楽しく読み進めることができるはずだ。私は当時を生きた1人ではないが、楽しく読み進めることができた。何より映画業界って本当にうまいこと行かないこと多いなと、少し笑った。

冒頭にも書いたが、映画を届ける、観るまでには本当に色んな人が関わっている。
映画の仕事は一つじゃない、そしてこの映画の仕事には、一般の人が思っている以上に特別な才能は不要なのかもしれない。でも堀越さんの言葉や経験を読むとわかることが一つだけある。それは「映画が好き」ということだ。映画業界で生きていくには、「好き」をいかに自分の力に変えていくかが重要なようだ。映画業界を目指す人にぜひオススメしたい1冊。

宮本裕也(映画好き 学生)

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