神戸映画資料館

WEB SPECIAL ウェブスペシャル

小林豊規監督作『静かに燃えて』  筒井武文インタビュー


 

小林豊規監督が64才で昨年発表した長編デビュー作『静かに燃えて』(2022)。ふとしたことからテラスハウスで同居することになったふたりの女性、その傍らに引っ越してきた女子大生と弟。これらの登場人物を丹念な演出と滑らかな画面連鎖、そしてアクロバティックなアイデアで交錯させて良質な女性映画を仕立て上げた監督は、公開終了から47日後に急逝された。この度の再上映にあたり、東京造形大学の先輩であり、若き小林監督がキャメラマンをつとめた『ゆめこの大冒険』(1986)の筒井武文監督に、学生時代の思い出から本作の魅力までをお話しいただいた。

 


──東京造形大学時代のことから伺えればと思います。筒井監督のデビュー作であり、小林監督が主演された『6と9』は1981年の作品ですね。

僕や諏訪敦彦さんが造形大に入学したのが1979年で、小林くんと犬童一心くん──親しみを込めてそう呼びますが──はその1期下でした。だから81年は彼らが2年生で、僕らが3年生だった年ですね。

──過去の取材で大学時代を振り返っていただいた際に、筒井監督は「1年・2年生の頃は学校に行かず映画館に入り浸っていた」と伺いました。3年生というとようやく……

大学に復帰した頃だね(笑)。

──日仏学院からプリントを借りて学内で上映されはじめたのはいつ頃でしょう。そこに小林監督や犬童監督も参加していたのでしょうか。

学内上映は82年頃からやっていたんじゃないかな。小林くんや犬童くんたちも、たまに来ていた気がします。

──小林監督は造形大時代の作品『マルボロの香り』で82年度富士8ミリコンテストの学生優秀賞を受賞されています。当時はどのような印象をお持ちでしたか?

非常に真面目で、撮影技術にも強く、顔立ちもよくて三拍子揃っていました(笑)。人にもやさしかったですね。スマートさというか、銀座で生まれ育った都会っ子の雰囲気を漂わせていました。

──今回、併映される中学2年生のときに制作された短編サイレント『山小屋生活』(1973)もその頃にご覧になったでしょうか。

『山小屋生活』

当時、銀座の彼の家で8mmを上映してもらいました。近くの、小津安二郎が通っていたというラーメン屋に連れて行ってもらった思い出もあります。今なら映画を自主制作する人は中学生でもいるでしょうが、何せ73年ですからね。フィルムはただキャメラを回すだけでは写らないので、ちゃんとしたフィクション作品に特撮を交えて撮るような人は──たとえば手塚眞さんもいらした時代でしたが──当時はあまりいなかったと思う。
『山小屋生活』は、チャップリンの『黄金狂時代』(1925)からのイタダキで、刺激を受けて撮ったのは間違いない作品です。彼が中学生の頃といえば、1957年生まれで2つほど歳が離れた僕は高校生。夏休みに東京へ行くと、日比谷の映画館で『ビバ! チャップリン』というリバイバル上映をやっていました。たしか、『街の灯』(1931)を最初に見たのかな。そこですごく感動した。銀座生まれの小林くんも、ご当地でチャップリンを見ていただろうと思います。
その頃に、『黄金狂時代』に影響を受けて撮られた映画といえば──チャップリンの影響は時代を問わないけれど──劇場公開作では瀬川昌治監督の作品ですね。「旅行シリーズ」の『満願旅行』(1970)だったかな、山小屋が揺れて谷底へ落下しそうになるシーンがあります。瀬川監督と同じとは言わないけれど、小林くんは似たことにトライしているな、と感心したのも覚えていて、最近も『山小屋生活』を見直してそう思いました。そういえば、『山小屋生活』には分銅(鎖時計?)が揺れるショットがあって、50年の時を隔てた最初と最後の作品で同じイメージが描かれたことになりますね。彼が意識していたかは分からないけど。

 


──『6と9』はフィルムが失われていて、今では見ることのできない作品です。

周りにエキストラを配置したけど、キャストは小林くんと犬童くんだけの映画です。

──おふたりのキャスティングの理由は何でしたか?

スマートな小林くんと、少しふっくらした犬童くんのコントラストですね。和製ローレルとハーディというか、凸凹コンビ。犬童くんが演じるのはズルして楽をしようとするタイプ。対して小林くんは真面目で友達にも親切なタイプ。小林くんの普段の姿をそのまま活用しました(笑)。

──カンニングを題材した映画で、それをアシストする生徒役が小林監督でしょうか。

そうです(笑)。

──ほかに、造形大時代の思い出があれば教えてください。

当時の犬童くんの家が、若い映画人のサロンのようになっていました。風間志織さんたちが出入りして、もちろん小林くんもそこにいた。僕が犬童くんの第1作『赤すいか黄すいか』(1981)を編集することになったのも、彼の家に行くと自分で編集していて「どうもうまく繋がらない」と悩んでいたので、「どれどれ」という感じで手伝った結果、共同編集のような形になったんです。小林くんはキャメラマンだったから、その場でもあれこれ話した気がしますね。

──卒業後に筒井監督は『ゆめこの大冒険』(1986)の制作に取り掛かります。そこに小林監督がキャメラマンとして参加された経緯は?

『ゆめこ』のクランク・インは84年3月。僕が造形大を卒業して1年ほど経った頃です。後輩がスタッフだったから、彼らのつてで造形大のスタジオを借りていました。その頃はちょうど小林くんと犬童くんが卒業の時期で、優秀な彼らはコマーシャル方面に進みました。最初のキャメラマンだった熊谷朋之くんもそっち方面に就職したため、4月以降は平日の撮影ができなくなった。3月に小屋のなかのシーンなどは撮っていたけど、ピクニックや追いかけっこのシーンを撮れてない状況でしたね。4月以降はまだ大学に在籍しているスタッフもいたけど、集まる顔ぶれが変わってきて、メインのキャメラは瀬川順一さんのお弟子さんの宮武嘉昭さんにお願いしていました。それでも宮武さんが参加できないときは美術の林敏夫さんや助監督の諏訪さんが撮ったり、誰も来られないときは自分で回したりもしました。クレジットしていないけど、『ゆめこ』のキャメラマンは実は7、8人いるんです。

──完成までに約2年かかっていますね。

撮影終盤、役者を使って撮る頃に残っていたのは気球のシーンと、マッド・サイエンティストである謎の男の本拠地のシーン。それまで割とフラットなライティングで撮っていたのが、本拠地はドイツ表現主義的に撮りたい、そう考えていた少し難しいシーンでした。ところがそのときにキャメラマンがいない、自分でやるには荷が重すぎるとなって……、あれを撮ったのは、かろうじて残っていた渋谷の同潤会アパートの一室です。そこをマッド・サイエンティストの研究室に見立てて、色々と美術を仕込んでもらいました。そのときにたまたまだったのか、スケジュールを空けてくれたのかはもう定かじゃないけど、小林くんがキャメラマンをつとめてくれて、彼の名前も撮影者にクレジットしています。小林くんが非常に雰囲気豊かに撮ってくれて助かりましたね。
そして完成後に1年以上経ってからようやく劇場公開が決まり、予告編が必要になった。でも自分でつくるのはどうも恥ずかしいんだよね(笑)。それで、CMでも実力を発揮していた小林くんにお願いすることにしたんです。『ゆめこ』の予告編は彼がつくってくれたものです。

──卒業後もそうした関係があったんですね。

信頼できる人に頼みたい。そういう局面で小林くんにお願いしていました。

 


──その小林監督がいよいよ初の長編劇映画『静かに燃えて』を撮られることになります。劇場パンフレット掲載のプロダクションノートによれば、クランク・インは2018年10月。どの時点で本作のことを聞いておられましたか?

過去のメールを遡ると、小林くんから「ちょっと相談があります」と連絡をもらい、銀座で会ったのが2018年の5月でした。会って話したときには、まだインの目途がついていなかった。「どうしたものか」とシナリオを見せてもらって相談を受けた記憶があります。その段階ではまだシノプシスだったかもしれない。でも「劇映画を撮るんだ」と聞いて、「そうか、遂にやるのか」と思いましたね。

──そのときはどういったことを相談されたのでしょう。

僕が聞いたのは、「友人がプロデューサー的なことをやってくれそうだ」という話で、それはおそらく場所──映画の舞台となるテラスハウス──の問題で、そこで撮れる話を考えている、というような話だったと思います。僕にプロデュースを頼むとかの話ではなく、支えてくれる人が欲しかったんじゃないかな。具体的に相談されたのは「ストーリーラインはこれでいいだろうか」など、映画の内容に関わることでした。

──そこからコロナ禍を経て、昨年ようやく劇場公開されました。ご覧になった第一印象はどのようなものでしたか?

もう「やられたな」って感じでしたね。やっぱり「えっ! こうなるんだ?」と思ったし、「騙された」とも感じました。

──自分もそう感じました。その騙し方がとても映画的で気持ちよいですね。本作は時間・人物・空間の演出が素晴らしく、まず時間の演出に驚きました。

はじめはディスクを送ってもらえばいいと思っていたのが、小林くんに「きちんとした映写環境で見て欲しい」と依頼を受けて、彼の事務所のスクリーンで見せてもらったんです。そのほうが僕の直の反応を見られるだろうという作戦でしょうね(笑)。真っ当なストーリーかなと思って見に行くと、どんでん返しがあって、それが時間トリックですね。

──滑らかに見られるのに、複雑なタイムラインで構成した作品です。

単純に見えるけど、時制はすごく複雑だから謎が残る。2度、3度と見ないと、それが解明できない見事な映画です。

──シナリオの段階できっちり固めていなければ、このような時制の映画は撮れないと想像したのですが、いかがでしょう。

最終的な撮影稿は読んでいないけど、大まかなプロットには当然そこまでのことは書いていない。ストーリーラインは読んでいても、5年ほど経ってすっかり忘れていたから、完全にまっさらな初見の状態で見せてもらったんです。すると、最初に直面するトリックが「この映画の現在時はどこなんだ?」ということでした。見終えて、その辺りを小林くんに質問しました。「あのシーンの時制はこうなっていて……」と説明してくれて、それを踏まえると、人物が使うアイテムや背景の小物、街中にあるものなどに細かい仕掛けを設けているけど、ストーリーのほうが強いので普通の観客はそこまでは見ない。特に僕は、容子(とみやまあゆみ)が持つあるアイテムと同じものをずっと使っているので、違和感を覚えなかった。そこでも騙されましたね(笑)。

──あれも効果的なトリックですよね(笑)。ご相談を受けた作品がこのような形で完成したことについては、どう感じられたでしょうか。

「簡単に」と言うと語弊があるけれど、小林くんならこのクオリティの映画を自然に撮れる実力を充分に持っていると思いました。ただ、「こんなトリッキーなことをやるのか」と驚きましたね。そのトリッキーさも含めて、時間の持つ痛切さが映画の根底に横たわっている気がします。

──劇場パンフレットへのご寄稿*で、劇中唯一のフェイド・アウトに言及されています。転換にオーバーラップを幾つか使っていますが、完全に黒画面になるフェイド・アウトだけは意味合いが異なると感じます。
*『一見何気ない二階建てのテラスハウスが迷宮の舞台に』

オーバーラップは時間処理、あるいは空間転換をちょっと柔らかめにするために使っていますね。でもフェイド・アウトはすごく深くて一箇所のみ、ほかの部分に使っていない。小林くんの伝えたいことが、ここに込められていると受け止めざるを得ないんです。

 


──続けて人物の演出に関してお聞かせください。ご寄稿に「即興で撮られたショットはひとつもないだろう」と書かれています。たしかに徹底したコンティニュイティなどからそう思えます。

この映画は基本的に「この人が素直にそこで写ってくれていればいい」というキャスティングなんですね。役者に対して「無理して力を入れた芝居をしなくてもいい」と考えていたと思う。ただ、彼がこだわっていたのはやはり「視線をどう動かすか」であったり、茫然自失となっていた人物が──冒頭からそうですね──どのタイミングで意識を取り戻すか、あるいはどこでよろけるか。そういった部分で入念な演出をおこなっています。役者に「自由に動いてください」と指示したショットはほとんどないと思う。
だから、ひとつひとつのショットが持つ意味を観客が見間違うことは絶対にない。「なぜこう捉えているのか」という問いは、編集の連続性で次々に解明されていきます。キャメラが寄ることで人物の心理が伝わり、別の人物にキャメラを向けることでそのリアクションが写る。そこからさらなるリアクションを追ったり、最後にポンとキャメラが引くことで空間の密度──がらんとしているのか物が密集しているのか──を見せる。そうした何を見せていくかということに関しては本当に的確で、ちょっと成瀬巳喜男を思わせますね。

──登場人物たちに窮屈さを感じません。これも演出によるものでしょうか。

たとえばふたりで歩くシーンだと、歩幅が異なるので自然と距離が生まれたり追い抜いたりする。こういうところは「目一杯の芝居をしてくれなくてもいい」演出ですよね。ただし、「決定的なリアクションの表情は絶対に撮るぞ」という強い意志があります。

──同軸の寄り引きや見た目ショットなど、撮影技法はベタでもそう感じさせない。これも本作の魅力です。

たぶん、ひとつのショットを突出させたくないんですよ。つまり「これを見てくれ」という渾身のワンショットがない。見ていて「もう少し続くといいのにな」と感じるあたりでカット尻をポンと切ってリレーさせていますね。それが見やすい理由でもあり、観客の内に澱(おり)が少しずつたまってゆく理由でもあると思う。語りの透明性を目指している部分があっても、それを目指す映画だと普通はこんなふうに澱がたまらないのも面白いところですよね。

──後半で、ある人物が話者の立場でセリフを語ります。それが説明ゼリフのようで、そう聞こえないのも不思議な点で……

そうだね。この映画が特殊なのは、語り手が途中で変わってしまうこと。前半は容子だけど、後半は彼女が直接知らない女性に移って、とても変なことをしている。ある意味で女性映画の名手マックス・オフュルスの変則バージョンにも感じます。「現在時制はどこなんだ?」「本当の話者は誰なんだ?」というね(笑)。女性ふたりのシンプルなラブストーリーに見せつつ、すごい実験性があります。
マックス・オフュルスといえば、最後に小林くんと交わした会話は『たそがれの女心』(1953)について。蓮實重彥さんが『ショットとは何か』で描写しているディティールが違うんじゃないかと質問してきて、僕はそれに「蓮實さんの記憶違いを訂正できない編集者が悪い」と答えました。

──ご寄稿では壁にかかった絵についても深く分析されていて、是非読んでいただきたい内容です。容子の描いた絵が装飾品に留まらず、登場人物、そして観客にも軽く圧力をかけているような印象を受ける。こうした空間の活用も巧みです。

あの壁の絵のショットをメインのタイトルバックにしているのは、暗にストーリーにかけていますよね。途中で、壁の中心の絵が変わるのもひとつの転換点です。

──そこでの人物と絵の繋ぎも見事で、撮る段階から「こう繋ぐ」と決めておられたのではないかと思います。

たぶんそうでしょうね。絵と、そのモデルの人物が対等に存在を主張しているとも言えます。

──澱という表現が本当に的確で、見やすいのに観客の心に不安定なイメージが少しずつ蓄積します。手にまつわるシーンもそう感じました。

あそこも精神分析的に微妙で面白いシーンです。なおかつ催眠術のシーンに対応している。

──あの手のシーンに続くオフィスのシーンで、キャメラは由佳里(笛木陽子)の脚を狙います。フェティッシュが連続しているように見えました(笑)。

ヒッチコックかトリュフォーかっていう感じですよね(笑)。

 


──最後に「女性の描写」について伺えればと思います。ご寄稿で短く触れておられる雨の待ち伏せシーンは、容子の心理がよく伝わります。雨はさすがに偶然だろうと想像しますが……

その事情は聞いていないんだけど、あそこは雨じゃないと駄目ですよね。

──というのはなぜでしょう。

まず、雨によって動きが制限されます。傘をさした通行人に怪訝な表情で見られる容子のショットを挟んで、由佳里がオフィスビルから出てきて、そこで近寄れない距離感が描かれる。そのあとに彼女の上司が現れて、ふたりで去ってゆく。容子はそこで身を隠している。これらすべてのアクションが、有機的にシチュエーションと融合して展開する見事なシーンになっています。

──そうした繊細さや、終盤にセリフで語られる他者の在り方は、筒井監督の『孤独な惑星』(2010)に近い部分があるように思います。小林監督はご覧になっていたのでしょうか。

具体的に話した記憶はないけど、見てない訳はないと思う。いまになって「小林くんに僕の映画の批評をちゃんと訊いておけばよかった」と後悔しています。悔しいな(笑)。彼の次回作を見ることができないのは、もっと悔やまれます。

──本当にそうですね。さらに女性描写で目を惹いたシーンを教えていただけますか?

もっとも驚いたのが、ふたりのラブシーン。酔って帰宅した由佳里がよろけて、容子が肩を貸して2階の部屋に上がってゆく。そしてベッドに寝転んだあと、由佳里が容子の肩に腕を預ける。この距離感が絶妙ですね。それに続くふたりの表情のカットバックは切羽詰まっていて、どちらのほうから次のアクションに踏み込むのか? これも見ながら想像したけど、やっぱり裏切られました。ここはとても切ない展開だし、ひとつのクライマックスですよね。そこでお互いが相手を求め合っていることが、ショットの展開でどんどん分かってくる。
そしてキャメラはポンと引くんだけど、普通であればオーバーラップで次のシーンへ進む。あるいはポルノグラフィなら延々とやるんだろうけど、そのどちらでもなく、ふたりが見つめ合うシーンの頭──容子と由佳里の2つのショット──に時間が戻る。これが何なのか最初は分からなかった。「なぜ時間が戻るんだ?」とね。そして、それに続くショットがまた素晴らしい。解釈としては容子の回想になる筈だけど、シーンのなかでのこんなショット繋ぎをした人を見た記憶がない。

──繰り返し見ても、このシーンは錯視に似た感覚を覚えます。

この映画は時間トリックの大きな仕掛けも設けているけど、細やかなシーンで女性の感情に沿った独創的な繋ぎや展開を見せる。それが大きな魅力なんです。

──お話を伺い、技巧とセンスが卓越した作品だと改めて痛感しました。

さっきもお話ししたように、小林くんの実力であればこれは余裕で撮れただろうと思う一方、苦労もあった筈です。制作中に撮影が2度中断しているので、キャメラマンが3人います。再開したときに、それまでのキャメラマンを使えなかった。照明はひとりなのでその点はよかったけど、キャメラマンが変わるとトーンが変わってしまって、画面に統一感を持たせるのが難しい。でも誰がどの部分を撮ったのかは全然分からないでしょう? そこからもやっぱり小林くんはすごいと感じましたね。

(2024年3月27日)
取材・文/吉野大地

映画『静かに燃えて』公式サイト
X/Twitter
Insragram

関連インタビュー
筒井武文監督ロング・インタビュー 前編
筒井武文監督ロング・インタビュー 後編

ARCHIVE旧サイトアーカイブ

PageTop