神戸映画資料館

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所蔵図書紹介「松村浩行レトロスペクティブ」


編集 田中晋平(国立国際美術館客員研究員)

発行 国立国際美術館
発行年月 2022年3月

 中之島映像劇場は国立国際美術館で行われている上映会企画だ。これまで上映機会のあまりない作品や作家を含む映像作品を上映してきた。また、作品の解説や資料の作成も活動の主旨となる。「松村浩行レトロスペクティブ」もその企画の一つで、上映は2021年3月20日、21日の二日間にわたって行われ、また、初日には、松村浩行監督と映画研究者である堀潤之氏による対談も行われた。本誌はその記録集になる。収録内容は対談の採録と、本上映会主催者の田中晋平氏、映画監督である板倉善之氏、松村監督作品の映画制作の関係者の柴野淳氏、居原田眞美氏、また堀潤之氏、松村監督本人による寄稿文が掲載されている。

松村浩行監督は、1974年に北海道生まれ、早稲田大学卒業後に映画美学校フィクション・コースにて映画制作を開始する。1999年に初監督作品『よろこび』がオーバーハウゼン国際短編映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。その後、ブレヒトの戯曲に着想を得た作品『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』が、2003年京都国際学生映画祭で準グランプリを受賞する。2008年に公開の北海道根室の戦争遺跡を題材にして現地で撮影された作品『TOCHKA』以後、新作は発表されていない。他の作品には、2005年『つかのまの秘密さ海の城で~水無月蜜柑試篇』があり、本上映会でも上映した。

 『つかのまの秘密さ海の城で~水無月蜜柑試篇』は、音楽家のライブや日常を撮影したドキュメント映像を元にした作品である。
 初監督作品の『よろこび』は、ドラムを叩くことに抽象化された労働会社を表現する。主人公がそのドラムを盗む点で革命の作品であると、本書中に堀氏によって評される。 
 私は今回の上映会でこの2作品を見ることができた。
 『TOCHKA』と『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』は未見であるが、この記録集の中で詳細に記されているので私なりに要約してみる。
 監督の代表作といえる『TOCHKA』は北海道根室のトーチカを舞台に男女が出会う。トーチカとは、海岸沿いの土地に太平洋戦争末期にアメリカ軍の上陸に備えて点在して建てられた、コンクリート製の見張り台である。トーチカの闇では死の記憶の交換が行われる。女は死んだ知り合いから譲り受けたカメラに残ったフィルムを現像し、写真に写った場所を探して戦争遺跡にたどり着く。男は幼少期体験した子どもたちの遊び場であるトーチカで起きた病弱な父親の死の記憶を語る。
 『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』は、原作になったブレヒトのテキストで、「教材劇」とよばれる1930年の作品で、観客に見せるためのものではなく、演じる人間が学ぶことを目的にする。先生と弟子たちの研究旅行で同行した少年が病気になり、谷に投げ込まれるしきたりに同意する「イエスマン」、同じ設定でしきたりを拒否する「ノーマン」、さらにしきたりに同意しやすいよう、状況設定から変化させた「モアイエスマン」で作品を構成する。さらに映画の構想では「モアノーマン」の可能性を探る議論の過程のドキュメントが予定されていた。結局撮影に至らなかったため、この作品は未完になる。登場人物は全て日本語ネイティブではない外国人で、言葉の意味ではなく日本語の発話そのものを際立たせた演出も見どころになる。

 上映会に参加した当日、私が観た2作品の前には『TOCHKA』が上映されていたが、事前予約がすぐに埋まり、もたついていた私は、結局観られなかった。
 『TOCHKA』が過去に、ある映画祭の作品選定の場で「死の表象」の問題が議論の対象になり、3、4時間話し合いが行われたエピソードが松村監督と堀氏の対談の中で語られている。
 私が思う理想の上映会の条件の一つに、現地で映画好きの友人に偶然会い、その友人らと上映されていた映画の話が出来ることがある。この上映会でも私は会場で何人かの友人に会った。『TOCHKA』も観ていた友人に作品の感想を尋ねたところ、「観ないとわからないからうまく説明はできないけれど、あれは問題作だね」と言っていたのを、この記録集の対談を読んでいて思い出し、観逃したことを改めて残念に思う。

 この記録集は、各作品への批評的な考察や解説文が寄稿者ごとの多角的な視点で論じられている。また、執筆者にはこれら映画の制作に関わったメンバーもおり、おのおの豊かな語り口で書かれた文章は、上質なエッセイのように私は読んだ。この記録集は、作品の鑑賞者にとっては、作品考察を補強するための充実した指針となり、また、作品未見の読者、つまり未来の鑑賞者には、松村浩行監督作品への好奇心が大いに唆られることになるだろう。

植松由希子

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